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同窓会

■20181111(日曜日:晴れ)

 

 

 

■今朝は走りました。6.11km を走り、総計 35.22km 残り19日で 64.77km です。

 

昨夜は仕事が終わってから歯医者さんに行って、歯の手入れをしてもらいました。手入れと治療を交互に毎月してもらっています。やはり体の手入れは、本当に大切です。患者さんには、いつもこう話します。「人間は生まれた瞬間から中古車に乗っているのです。車のように途中で新車に乗り換えることはできません」と。手入れをしながら乗り続けるしかありません。こんなことは自分が歳を取るまで考えもしませんでした。

 

■夕方Sunと二人で街に出て、旅行代理店に行きました。来年5月のGWにオーストラリアに行く、その準備です。まず驚いたのは、お店に行くと二人用の席が4つあるのですが、全部が埋まっていて、それぞれ担当者が説明にあたっていました。順番ですので札を受け取ってお待ち下さい、と言われました。まるで回転寿司の順番待ちのようです。ちょうど3時半頃でしたから、一番混雑する時間帯だったのでしょうか。

 

待つこと15分ほどでしたか、一番右端の席が空き私達の予定や希望を聞いてもらいました。再度驚いたのは、来年GW中のツアーのパンフレットは、来週16日に届くのだそうですが、先週届いたハワイ向けのツアーは、全て即日完売だったそうです。ということは、16日前に予定や希望をしっかりと決めて伝えておかないと、手遅れということになりそうだ、ということです。

 

さっそくTakuやAyaちゃんに連絡して、日程の調整をしなければなりません。帰国する日は決まっているのですが、その前を、どのように過ごし、どのように移動するのか。なかなか適当はツアーが無いようで、頭の痛いところです。こちらの思い通りには行きません。

 

■さて今日は懐かしい中学校時代の同窓会です。幼・小児期を過ごした埼玉県川口市立西中学校の同窓会です。仲の良かったKouheiちゃんが誘ってくれました。彼とは卒業後も、ずっと付き合いがあり、退職後に地元で生活している彼が、仲間を募って、時々同じクラスだった仲間と同窓会をしていたようです。担任の先生との繋がりが未だにしっかりとあることに驚きました。今回は、ついでにクラスが違う私にも声を掛けてくれました。

 

中学校を卒業したのが1969年です。昭和44年。確か二年生の時に校舎が新築され、プールも出来上がり、そしてなにより校舎が鉄筋コンクリート造りとなり、お手洗いが水洗となりました。つまりそれまでは、ボットン便所だったのです。学校でお手洗いに行くのは苦痛でした。小学校の時に川口に移り住んだ私達家族は、当初から団地住まいでしたので、トイレは最初から水洗でした。でもまだまだ一般家庭では水洗便所は珍しかった時代なのです。団地が文化住宅と言われたのも、そんな理由があったのです。

 

小・中学校は歩いて登校しましたが、高校からは電車通学でした。中学校は荒川沿いにありましたから、教室の窓から荒川の堤防を、よく眺めたものです。近くに水門があり、荒川の氾濫を防いでいました。美術の授業で、その水門を描いたことを、よく覚えています。美的センスの全くない私は、いつも通信簿は5段階で2でしたが、どういうわけか、その水門を描いた絵だけは、先生が褒めてくれたことも、嬉しい思い出として鮮明です。美術の先生に褒められた、などということは、後にも先にも、その時だけでした。Takuも美術の才能が無いようですが、それはひとえに父親の責任です。

 

(●^o^●)

 

でもTakuも私も絵を見ることは好きなので、二人でよく美術館へ行きました。それも楽しい思い出の一つです。

 

というわけで、午前7時55分になりますので、そろそろ出発の準備をしなければなりません。ロータリークラブのコンペが重なってしまい、今日は行く予定ではなかったのですが、内館牧子さんの「すぐ死ぬんだから」を読んで気持ちを変えました。ゴルフはいつでも行くことができるが、この同窓会はこれで最後だろう、みんながどんなふうに歳を取ったのか、そして毎日をどのように送っているのかを知りたくなったのです。Kouheiちゃん以外の出席者は、たぶん一人も分からないと思いますが、それも一興でしょう。高校時代の同窓会は、男子校でしたので男ばかりでしたが、今回は女性も出席するはずです。まさに「すぐ死ぬんだから」の世界です。どうなりますことやら。

 

(●^o^●)

 

 

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