■20211207(火曜日:曇)
■今朝は、走りました。土曜日以来ですので、3日ぶりとなります。2日間の休養も取れましたので、今朝は5時に合わせた目覚ましと共に起き出し、燃えるゴミを所定の位置に運び、準備運動の後に走り始めました。
今朝は42分03秒、6.39kmを走り、今月は3回のランで18.54kmを積み重ね、目標の88キロまでは、残り24日で69.46kmのところまで来ました。途中、左の腰に違和感を感じましたが、最後は気持ちよく走り終えることができました。
今朝は曇り空で、冷え込みも強くなかったようです。ほどほどに湿気もあり、走るには丁度良い天候でした。とは言っても時間帯的には、まだまだ真っ暗ですので、LEDライトを持って校庭を走りました。
■さて、今朝の東京新聞11面には「昭和遠近 短歌にみる時代相」第99回「半ドン」と題して、島田修三さんが書かれています。
半ドンとは、本来は日曜日を意味するオランダ語が、日本風に、どんたくと訛り休日の意に転じたそうで、半ドンですからその半分、つまり、午後半休の土曜日が半ドンということになったようです。
島田さんが、小学校から高校までの在学期間12年間、昭和30年代前半から40年代半ばまで、土曜は授業が昼までの半ドンでした。土曜日が待ち遠しく、朝からソワソワして落ち着かなかったそうです。
午後に何をするか、どこへ行くか、旧友の誰と遊ぶか、と考えるだけで嬉しかった覚えがある、と書かれています。
そして、土曜日の翌日には黄金の日曜日が待っています。寝坊しても母には叱られなかった。土曜は少々遅くまでテレビを見ることも許された。夜9時過ぎから始まる、「日真名氏飛び出す」という連続サスペンスドラマも、両親の傍らで島田さんは毎週見ていたそうです。
大人の気分も味わえて豊かなひととき、と書かれています。
おそらく時間というものを、この上なく貴重な恩恵として意識した最初の経験だったかと思う。
とも書かれています。
私も両親と一緒に、「事件記者」というドラマを同様に、ワクワクしながら見たことを覚えています。
私の小・中学校の頃も、土曜日半ドンだったように記憶していますが、土日休みの企業が次第に増え、1992年(平成4年)には国家公務員が週休2日となり、公立学校も2002年(平成14年)には、完全な土日休校となりました。
完全な週休2日になってから、もうそんなに経つのか、とも感じますし、まだそれしか経っていないのか、とも感じるから不思議です。今や週休2日制は当たり前のようになりましたから、土曜日仕事をする必要のある方は休む暇がない、と感じるのは分かります。自分も、そうだからです。
これからの社会は、どのように変わっていくのでしょうか。
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