■20200407(火曜日:晴れ)
■今朝は走るつもりで目覚ましを5時に合わせていたのですが、さすがに起き出す元気はありませんでした。頑張って、昨日10キロ弱を走りましたので、今日はお休みです。
昨日は、なぜかとてもスムーズに走ることができました。そして午前中に仕事をした後、昼休みには医師会で、新規開業相談に立ち会わなければなりませんでしたので、昼食をとって早々に家を出ました。ということで、昨日はゆっくり休む暇がありませんでしたが、その為かどうか、昨夜はゆっくりと休めたように思います。
■昨日は何人かの方に、講演会中止の便りを書かなければなりませんでした。まず7月に静岡で行われる予定だった、大学の静岡県同窓会総会にお越しいただく予定だった病院長の山本先生に、コロナウイルス感染拡大に伴い同窓会の本部からも、会合の中止を促す案内が来たことをお知らせし、今年の県の総会も中止になりました、とお知らせしました。
お忙しい中、昨年お願いした際には快く講演を引き受けてくださいましたが、今日は緊急事態宣言の発せられる日です。その中には7つの都道府県が入ってるようですが、千葉県も含まれています。
山本先生ご自身が対応に追われて、これからお忙しい毎日が、さらに大変になるのではないかと心配しています。先生には、また来年別の機会にお越しいただく予定にしています。
さらに6月に予定されていた講演会に来ていただく予定だった東京からの2人の先生にも、中止の連絡をしなければなりませんでした。非常事態宣言には、当然東京都が含まれ、2人の先生もその対応に追われるに違いありませんし、また東京から静岡に移動することは今の時期避けた方が良いのではないか、というご指摘も受けました。
本当に残念ですが、やむを得ない決断だと思います。これから会場のキャンセルや、色々準備を手伝ってもらった方々への中止の案内をしなければなりません。幹事役の私としては、まだまだ後始末が残っています。日本中で、こんなことが無数に行われているのでしょう。
知り合いの小児科の先生によれば、コロナウイルスは消長を繰り返して、終息するまでには1年近くかかるのではないか、というお話でした。多分その通りでしょう。そう簡単に解決するわけではないと思います。
田中宇さんの最新の分析では、コロナウイルス問題は長期に渡るので、財政的な支援を発動するのは、まだまだ先にする必要がある、という指摘がされていたのには驚きました。
生活に困窮している人々に、とにかく早急に手を差し伸べるべきだ、と言われるかと思っていましたが、いやまだまだ、むしろ早いというその指摘には、いかに戦いが長期になるかということを思い知らされ驚きました。
■さて今朝の東京新聞「筆洗」には、今日出される緊急事態宣言について書かれています。その書き出しは、こうです。「1941年12月の対米英開戦の知らせに対し、当時の日本人はどう受け止めたか。戦争の結末を知る世代からは想像しにくいが、作家、半藤一利さんによると解放感が強かった」
半藤一利さんによれば、
日本人の誰もが一種の爽快感といった、頭の上の重しが取れたような喜びを感じたのである。
国際緊張による重圧と八方ふさがりの状況の中、対米英開戦はむしろ重い雰囲気をぬぐい、独特な解放感へとつながった、と続きます。
現在の日本の状況を思うに、もちろんこの時と同じであるはずはありません。しかし似ていると思える点も多々あるのです。
例えば20年以上にわたるデフレのため、多くの国民は貧しくなっています。1941年の時点での貧しさとは、まるで異なっていることは言うまでもありませんが、多くの人々が解放感を覚えた一つの理由に、貧しさからの脱出を期待したからではないかと思うのです。その点では、現在にも通ずる点があります。
貧しい状況、苦しい状況の上に、重くのしかかるコロナウイルス問題。さらに戦後一貫して続いてきた、対米従属という心の倒錯。そうした点が類似点を私に感じさせるのです。
危険な状況であることは確かです。舵取りを誤ると大変なことになります。
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