■20200319(木曜日:晴れ)
■今朝は走りました。いつものコースを6.05km走り、今月は10回のランで65.21kmを積み重ね、残り12日で34.78kmとなりました。
ここ一、二週間でしょうか、右脚太ももの裏側に違和感を感じています。痛い訳ではないのですが、動かした時に、ちょうど骨と筋肉の付着部辺りに違和感を感じるのです。しびれるような、何かに圧迫されるような、そんな感じでしょうか。
走っていて苦しいというわけでもないのですが、どうも気になります。どこかの部分で神経が圧迫されていなければいいのですが、とりあえずは湿布を貼って様子を見るしかなさそうです。
■さて今日の東京新聞「編集局南端日誌」では、特報部デスク・加藤裕治さんが「法務検察めぐる動き」と題して書かれています。『笑えない、秋霜烈日』。
加藤さんは書かれています。カルロス・ゴーン被告が国外に逃げたというニュースを見た時、腹が立って仕方がなかった。無実を訴えながらなんだ、と立腹した。ゴーン被告の事件については、人質司法を批判する記事も掲載していましたので、裏切られた気もしました。
「公平な裁判を受けられない」というゴーン被告の逃亡理由を聞いても、彼に対する批判の気持ちは変わらなかったのですが、日本の法務検察当局は今、ゴーン被告の主張を全力で立証中だ、と言うのです。
まずは、森雅子法相の年明けの発言です。「無罪を立証しろ」。罪を立証されない限り、無罪と扱われるのは世界の常識です。ゴーン被告が無罪を立証する必要は、どこにもないのです。
こんな間違いが、よりによって法務検察のトップの口から出たこと、さらに森氏は弁護士でもあるのです。本来なら被告の権利を守る人であるはずの森氏が、このような発言をすることに唖然とし、日本の司法は不公平だと思わせるのに十分な発言だった、と加藤氏は書かれています。
さらには黒川弘務東京高検検事長の定年延長問題が追い打ちをかけています。官邸にとって都合の良い人物をトップに据えようと法をねじ曲げたのです。
検察官は人の罪を指弾し、時には死を求める役回り。だから、ご都合主義にならないよう公平さや厳正さが求められる。
付き合いのあった検事は、その職務の厳しさを、しばしば力説されていたそうです。
そんな検事の襟元には「秋霜烈日」のバッチが輝いています。広辞苑には「秋におく霜と、夏のはげしい日。刑罰または権威・志操のきびしくおごそかなことのたとえ」と、あります。
加藤氏が以前、酒の席で、このバッジに話を振ったところ、検事からこんな答えが返ってきたそうです。
秋の霜は、強い日差しに弱い。
その時は冗談だと思い、笑ったそうですが、今ではもう笑うことができないと、加藤氏は最後に書かれています。
■かつて民主党の代表だった小沢一郎氏に関する検察の行動を見て、大きな違和感と憤りを私は感じました。どう考えても恣意的としか思えない行動だったからです。
法の下で人は平等であるべきですが、残念ながら日本では未だに、そうはなっていないと確信させられることが、とても多いのです。極めて残念なことです。
未だに中世と変わらない、と世界から揶揄される日本の司法制度に、夜明けはやってくるのでしょうか。