2022 年 02 月 11 日 北海道小樽市街と石狩湾です。

月: 2022年2月

見事な脱皮

■20220208(火曜日:曇)

恋人岬の椿です。寒さ厳しい冬に咲くスイセンも、可憐ですね。

■今朝の写真は、水仙です。冬の句として、「水仙の 花の高さの 日陰かな(河合智月)」が有名です。感受性の乏しい私は、ただそれだけ?、としか感じなかったのですが、ネットによれば、rindouさんは、こう書かれています。

水仙は早春に咲きます。他の植物がまだあまり伸びていないうちに。 他の草花が生い茂っていると水仙くらいの高さの植物など目立ちませんが、早春に水仙が咲くころには、まだ閑散とした庭です。 寂しかった庭にやっと水仙の高さの日影ができたな、と春の訪れを嬉しく思ったのではないでしょうか。

■今朝は走らずに、ゆっくりと休みました。とは言っても、この年になると、なかなか熟睡、あるいは爆睡できないものです。自然と目が覚めてしまうのです。

今朝も5時半に、目覚ましを合わせてあったのですが、5時前に目が覚めてしまい、あとはウトウトと夢を見ながら、目覚まし時計が鳴るのを待っているような状態でした。

昨日の朝、走りましたので、今日は休養日です。疲れ具合からいけば、今朝も続けて走ってもよかったのですが、やはり続けて走ると疲れが溜まってしまって、かえって体調を崩しそうで怖いのです。

■さて、今朝の東京新聞10面には、「やわらか文化論・ポップカルチャーのススメ」と題して、宗教学者の内藤理恵子さんが書かれています。今日は「一休さん・とんち小僧見事な脱皮」です。

室町時代の禅僧・一休宗純の幼少期をモチーフにしたアニメ「一休さん」は、1970年代から80年代にかけてテレビ放映されました。

可愛らしい一休さんが、いつもと同じ楽しい世界から、決定的に変化したのは最終回でした。

修行と言いつつも、楽園の住人であった一休さんは、幸せな日常に埋没している自身を客観的に見るようになり、「このままではいけない」と外の世界に飛び出すのです。

ラストシーンは、旅に出る一休さんが歩く曲がった道が「悟りへの道をしめす真っすぐな道と金色の雲、浄土を思わせる夕日」という抽象表現に置き換わります。最後に内藤さんは、こう書かれています。

最終回直前までは「とんち小僧」という型にハマったキャラであり、最終回では蝉が脱皮するように後者のタイプ(性格の変化を読者に見せるラウンド・キャラクター)となります。

作務を積み重ねて悟りに至る禅僧の心の旅路を、アニメキャラクターの特性を逆手に取って描いた見事な結末だといえるでしょう。

■一休さんのアニメは、私も見た記憶があります。ほのぼのとして楽しい番組だったことを覚えていますが、そのような劇的な展開が、最後に待っていたとは知りませんでした。また見る機会があったらぜひ、最終回を見てみたいものです。

ICT活用教育

■20220207(月曜日:晴れ)

夕陽を受けて黄金色に輝くという、西伊豆町の黄金崎を眺める展望台からです。

■今朝は走りました。先週の金曜日以来、3日ぶりです。今日も朝の5時に目覚ましをかけて、起き出しました。昨日は日曜日でしたので、ゆっくりと長めに走ろうかと思ったのですが、体調がイマイチで元気が出ませんでした。昨日は休養日でした。

今朝は43分55秒、6.86kmを走り、これで今月は月3回のランで、20.13kmを積み重ねました。目標の月88キロまでは、残り21日で67.87kmとなりました。今週は木曜日からスキーに行く予定ですので、水曜日にもう一度走って、積み重ねをしなければなりません。

昨日は部屋の掃除など、なんだかんだと残されていた仕事を片付け、テレビ観戦しました。冬季北京オリンピック男子ノーマルヒルジャンプで、小林陵侑選手が見事金メダルを獲得した様子をテレビで見ました。

札幌五輪での笠谷選手の金メダルは、ほとんど記憶にないのですが、長野五輪でのジャンプ競技の活躍は記憶に新しいところです。まだまだ、これから日本選手の活躍があると思うと楽しみが残っています。

■さて、今日の東京新聞6面「あの人に迫る」は、ICT活用教育アドバイザー・水谷年孝さんが語られています。「情報の共有進め、高め合う学びを」と題されています。

水谷さんは20年ほど前から、愛知県春日井市において、教育現場にICTを導入され、教育現場における活用を試みられてきました。

2019年度にGIGAスクール構想がスタートし、児童生徒に1人1台の端末配備が始まってからは、文部科学省のICT活用教育アドバイザーを務め、全国の指導者を集めて、春日井市で今秋開かれる研究会でも、中心的立場を務められるようです。

水谷さんは、こう語っておられます。

調べた情報に対して疑問を持つ生徒も出てきました。情報の取捨選択が大切な時代、授業でICTに触れる中で、そうした感覚を持ってくれるのは嬉しい。

インタビューを終えて、記者はこう結んでいます。

『テストで回答しない子が減った』『長文を読む力が上がった』。1人1台の端末が届いて変わったのは授業だけではない。

「成長」という生徒の変化を語る水谷さんの笑顔は、本当に嬉しそうだった。

ICT教育の普及によって、今までの一方的な授業風景が変わったのではないでしょうか。

アメリカの授業の風景を見ていると、日本のように全くの一方通行でないことに大変驚きます。

日本の場合、生徒数も多く、教師の皆さんも、そのような形態の授業をするしかないのだとは思いますが、一方的な授業では、生徒自らが考えるということは不可能です。

自らの頭で考える、ということを学ばずに、社会に出てしまうのが日本の現状ではないでしょうか。指示待ち人間が溢れてしまうのは、こうした教育の結果だと私には思えるのです。

そうした教育を続ける限り、これからの時代、日本が世界から取り残されることは間違いなさそうです。

対面が共感力鍛える

■20220206(日曜日:晴れ)

■今朝は、ゆっくりと休みました。金曜日に走りましたので、一日置いて今日長めに走っても良かったのですが、元気が出ませんでした。決して調子が悪いというわけではないのですが、気分的に乗りませんでした。

1週間ほど前から、寝る時の暖房設定温度を18度から17度、そして16度に下げてきました。立春も過ぎて地熱も上がり、家の中でも寒いながらも、床の温度も上がってきました。

そこで寝室温を少し下げても大丈夫だろうと思ったのです。そして、昨夜は夜中の1時に目が覚めてトイレに行った時に暖房を切りました。

寒くて、その後に目が覚めるということはなかったのですが、そのためかどうか、夢見が良くありませんでした。悪夢というわけではありません。何度も見てきたパターンの夢なのです。

新しい家に引っ越して、色々後片付けに追われたり、町並みの様子が登場してくるのです。その町の様子は、幼少期を送った埼玉県の川口市の様子を、思い起こさせるような気もします。

私が幼少期を送った頃の町並みは、商店が立ち並ぶ昔ながらのものです。そんな中でも、忘れることができないのは、母と一緒に通った市民病院です。その頃、私は病弱でした。気管支が弱かったのです。

その折、帰り掛けに町の中華料理屋さんに入って、時々ラーメンを食べました。病院に通っていたのは、小学校に入る前だと記憶していますので、1950年代の終わり頃でしょうか。

ラーメンは、当時一杯40円でした。その後、50円に値上がりしたことを覚えています。いわゆる普通の中華そばでした。

でも、とにかく美味しかったのです。世の中に、これほど美味しいものがあるのか、と思うほど美味しかったのです。

今では美味しいものが身の回りに溢れています。インスタント味噌汁からカップラーメン、そして冷凍食品まで、まずいものは一つもない、と言っても過言ではないほどです。技術が進歩したおかげなのでしょう。保存技術も発達しました。

というわけで、寒くて熟睡できなかったわけではないのですが、肩口から首回りが冷えると、夢見が悪くなるような気がします。逆に言えば、部屋全体を温めなくても、その部位を冷やさないことで、悪い夢を見ることを避けることができるかもしれません。一度試してみましょう。

■さて、今朝の東京新聞17面文化欄では、総合地球環境学研究所長の山極寿一さんが書かれています。『「対面」が共感力鍛える』です。「マスク外せる環境を」と訴えられています。

コロナ禍によってマスクが外せなくなり、同僚たちの顔を思い出すことができなくなったという内容から書き出されています。

人間の脳の大きさが増加し始めたのは、今から200万年前で、ホモサピエンスが登場した約20万年前以前に、現代人並みの脳の大きさになっていたことが、化石記録から明らかなのだそうです。

とすれば、脳が大きくなったのは、7万年前に言葉が登場したおかげでもないし、文化や文明が発達したためでもないようです。一緒に暮らす仲間の数が増えて、仲間の性格や癖をよく知って付き合うようになって記憶容量が増したからではないか、と山極さんは指摘しています。

猿たちも一緒に生活する仲間のことをよく知っているのですが、その知識はとても限られているそうです。その知識は原則として親子や兄弟姉妹といった血縁関係、自分と仲間や仲間同士の優劣関係に限られています。そして、猿の群れでは互いに強い弱いという格差を認め合い、トラブルを防ごうとするルールが徹底していて、そのルールさえ守れば詳しく仲間のことを知らなくても、平和に暮らせるそうです。

人間では強い弱いだけではなく、相手が求めていることと、自分の欲求や能力を見定めて行動を変える必要があります。ですから、その時その場の状況を判断するだけでなく、相手と自分に関わる過去の歴史や未来の好ましい関係などを頭に巡らしながら、付き合い方を柔軟に変化させている訳です。

つまり、人間は猿にない共感能力を十分に発揮して仲間とも関係を縦横無尽に作り替える社会技術を持っている。それが、これほど大規模で複雑な社会を構築する原動力になったのだ。

と、山極さんは指摘されています。では、どうやって人間は仲間のことを知るのだろうかと考えた時に、言葉のない時代には、直接仲間の行動を見るか、仲間同士が接する態度を見て察するか、仲間が作ったものから判断していたのでしょう。

しかし、言葉ができてからは、人々の噂話で仲間の行為や個性を知ることができるようになりました。

さらに、5,000年前に文字ができてからは、広範囲に広がるようになり、150年ほど前には電話が、そして40年前にはインターネットの発明により、情報通信技術は加速しています。

しかし、仲間の気持ちを知る方法として、まだまだ言葉は、うまく使いこなせていない不完全なコミュニケーションだと先生は指摘しています。

時と場を共有し、対面して、相手の表情や態度から気持ちを推し量ることが、未だに最善の方法である。

となれば、何とかしてマスクを外せる環境を整備しなければ、従来の社会関係を築くことができなくなる恐れがあるのです。

特に成長期にある子供達にとって、共感力を鍛える場を作ることが不可欠であると思うと、山極先生は最後に指摘されています。

■必ずマスクを着用して授業を受け、仲間の表情も確認できず、一言も喋ることなく黙食を続ける子供達が、将来どのような心のありようとなり、仲間と関わっていき、社会を作っていくのかを考えてみると、少し恐ろしくなるのは私だけでしょうか。

生の奇跡

■20220205(土曜日:晴れ)

恋人岬の椿です。寒さ厳しい冬に咲くスイセンも、可憐ですね。

■今朝は5時半に目覚ましを合わせて起き出しました。昨夜は夢を見ました。テニスをする夢です。何故だか、よく分からないのですが、私にとっての悪夢が、いつもそうであるように、準備に時間がかかり、コートになかなかたどり着けません。決して見ていて楽しい夢ではありません。

なぜ、こんな夢を見るのか見当もつかないのですが、精神的に何か引っかかるものがあるのか、あるいは単なる疲れなのか不明です。

昨日は立春。暦の上では春です。リビングの板の間の冷たさが、明らかに変わりました。裸足では冷たくて、歩くことが辛かったのが、つい昨日のことのようです。

スリッパを履いてリビングを歩くのですが、こたつの所で引っかかって、何度か思わず転びそうになりました。来院された高齢者の患者さんでも、玄関からスリッパを履いて、様々な検査や診察を受ける際に、つまずいてしまうことがありますので、状況を見ながら、スリッパを脱いでもらっています。

もう他人のことを、とやかく言える状況では、自分自身ないようです。

■さて、今朝の東京新聞読書欄では、「自分がおじいさんになるということ」勢古浩爾(せこ・こうじ)・著が取り上げられています。

評者は、東京経済大学教授・作家の大岡玲(あきら)さんです。「生の奇跡」味わう新境地  」と題されています。

大人気『定年後のリアル』シリーズの最新刊である。著者は定年後の自身の暮らしや思考・行動を10年以上にわたり、このシリーズで実況中継してこられた。「74歳、いよいよ老後も佳境に突入。」とオビにある通り、新境地にも足を踏み入れている。それは、著者が「『ただ生きているだけで楽しい』という感覚を得た、という点だ。もちろんこの「楽しい」は、「ただ息をしているだけで」「楽しくてしょうがない、ということではない。そんなこと、あるわけがない。

からだの自由がきき、五官が働き、人と話したり、飲食ができたりという「『身体元素』がきちんと機能し、それに合わせて「なんでもない青空」といった「『自然元素』の美が味わえる。そんな瞬間に覚える「心身の浮遊感」を、「とりあえず『楽しい』といってみる」ということなのである。そして、それは「ただしずかなるを望(のぞみ)とし、憂へ無きをたのしみとす」と、鴨長明が『方丈記』で述べた心境へとつながっている。

つまり「楽しい」の大前提には、「ここまで無事に生きてこられたことは奇跡というほかない」という感慨があるのだ。「生誕から死まで無事な人生を送ることができる人間」が世界中にどれほどいるのか、という現実を横に並べる時、本書はひときわ陰影を濃くする。

とあります。

■まさに、そのとおりだと自分自身、深く実感するのです。これまで、生きながら得たのは、人一倍努力したからでも、誰よりも豊かな才能に恵まれていたおかげでも、もちろんありません。ただ単に、幸運だったのです。奇跡なのです。心底そう思うのです。

$English version

This morning, I set my alarm for 5:30 and got up. Last night I had a dream. I dreamed that I was playing tennis. I don’t know why, but as is always the case with my nightmares, it took me a long time to get ready and I couldn’t get to the court. It’s not a pleasant dream to have.

I have no idea why I’m dreaming like this, but I don’t know if it’s something that’s bothering me mentally or if I’m just tired.

Yesterday was Risshun. It’s spring on the calendar. The coldness of the wooden floor in the living room has clearly changed. It seems like only yesterday that it was so cold that it was hard to walk barefoot.

I wore slippers to walk around the living room, but they got caught on the kotatsu and I almost fell down several times. The elderly patients who come to the hospital sometimes stumble when they put on their slippers from the entrance and undergo various tests and examinations, so I ask them to take off their slippers while observing the situation.

It seems that I am no longer in a situation where I can complain about other people’s problems.

In this morning’s Tokyo Shimbun book review column, there is an article titled “Myself Becoming an Old Man” written by Koji Seko.

The reviewer is Akira Ooka, a professor at Tokyo Keizai University and a writer. The article is titled “The Miracle of Life: A New Frontier to Savor.

This is the latest book in the popular “Real Life After Retirement” series. The author has been reporting on his life, thoughts and actions after retirement for more than 10 years in this series. As the obituary says, “At 74, old age has finally reached its climax,” he has entered new territory. This is the point where the author says, “I have gained the feeling that ‘it is fun just to live. Of course, this “fun” doesn’t mean “just breathing” or “having fun. There is no such thing.

The “physical elements” such as the freedom of the body, the functioning of the five organs, talking with people, eating and drinking, etc., are all functioning properly, and in conjunction with this, you can enjoy the beauty of the “natural elements” such as the “plain blue sky. The “floating feeling of body and mind” that one experiences in such moments is “just ‘fun’ for now. This leads to the state of mind described by Kamo no Chomei in his “Hojo-ki” (The Record of the Hojoki): “I hope only to be quiet, and I look forward to having no worries.

In other words, the basic premise of “enjoyment” is the feeling that “it is nothing short of a miracle that we have been able to live this long without incident. This book becomes even more shadowy when it is juxtaposed with the reality of how many people in the world are able to lead a safe life from birth to death.

This is exactly what I think.

This is exactly what I feel deeply myself. It is not because I worked harder than anyone else, nor because I was blessed with richer talents than anyone else, that I have been able to survive so far. It was simply luck. It’s a miracle. I believe that with all my heart.

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立春:人生100年時代

■20220204(金曜日:曇)

恋人岬の椿です。寒さ厳しい冬に、凛として咲いています。

■今朝は走りました。水曜日に続いて今月二度目のランです。今朝は41分29秒、6.25kmを走り、これで今月は2回のランで13.27kmを積み重ねました。目標の月88キロまでは、残り24日で74.73kmです。

今朝は、いつもの通り5時に目覚ましを合わせ、起き出した後、生ごみを所定の位置に運び、準備運動の後スタートしました。

本当に久しぶりに、昨日ゴルフの練習に行きました。しばらく使っていなかった筋肉を使ったためか、昨夜は夢見が良くありませんでした。内容は思い出せないのですが、そのために疲れが残ったような朝でした。

今朝は走っていても軽快に走る時間帯がなく、記録を見てみると走ってる間のスプリットでは、キロ5分台が1度も出ませんでした。最初から体が重かったので、今朝は無理をせずに校庭でのランニング時間を、最低レベルの21分にして走りました。無理をしても意味がありません。少しずつ積み重ねていくしかないようです。

■さて、冬の北京オリンピックも開会式が終わり、競技が始まったようです。昨年の夏に行われた東京オリンピックよりも、むしろ落ち着いてテレビ観戦できるのは、いささか奇妙です。

こちらでは、オミクロン株が第6波の感染拡大をきたし、対応に多くの方が苦慮している真っ最中ですので、オリンピックどころではないと言えば、そうなのですが、開催されているのが外国ですので、昨年の夏とは全く状況が異なります。

昨年の夏の東京オリンピックは本当に印象が希薄でした。あまり思い出が残っていません。

■さて、先日の東京新聞に「人生100年時代」と題するコーナーがあり、今回は「70歳現役時代ー労使ができること」と題して書かれています。

「50代いきいき」が鍵、ともあります。書き出しの部分はこうです。

働く意欲のある人に70歳までの就業機会を確保するよう、企業に努力を促す改正高年齢者雇用安定法が施行されて、4月で2年目を迎える。「70歳現役時代」を前に人生をどう設計するか、思案する中高年世代も多いだろう。

一般社団法人「定年後研究所」理事所長で、キャリアコンサルタントの池口武志さん(58)は、「ポイントは50代の活性化」と語っています。

70歳までの雇用に対する企業の課題について、問題はバブル期に大量採用した50代社員の活性化ですと、池口さんは話されています。

健康寿命は延び元気なうちは働きたいと意欲を示す中高年齢層は多いのですが、どんな課題があるかという点に対して、問題は大量に採用され、終身雇用と年功序列の制度に守られてきた、主に大卒のゼネラリストにある、と池口さんは語っています。

彼らは辞令一枚で、すんなりと移動を受けれてきた人達で、将来に向けたキャリア研修で、今何ができますかと聞くと、部長ができます、と答える人もいる始末です。会社の指図通りの仕事、人生を送ってきて自分のキャリアを自分で描くことができない、主体的に働けないおじさん達と巷で言われる人たちです。

結局のところ、中高年層の主体的な意欲や生産性を高めるには何が必要か、という問いに対して、池口さんはこう答えています。

ベテランには長年培ってきた経験や知恵、人脈がある。自らの意思で、やりたい仕事を選択できれば、モチベーションは高まるでしょう。何をしたいか、何ができるのか、何が求められているかを自ら明確化し、長く自分を活かせる、「自走人生」を目指してもらいたい、と語っています。

指示待ち人間では、もう使い物にならない時代なのです。自らの人生を明確に言語化し、そして自分の力で切り拓いていくしかないのでしょう。

節分

■20220203(木曜日:曇)

土肥・松原公園の様子です。曇り空でした。

■今朝は走らずに休みました。目覚ましは5時半に合わせてあったのですが、やはり習慣でしょうか、5時少し過ぎに目が覚めてしまいましたので、そのまま起き出しました。

今朝は缶・ビン・ペットボトルを集める日ですので、昨日分別しておいた三つの袋を持って、所定の場所まで持って行きました。新聞をとって家に戻り、朝食の準備を始めました。

今朝は走りませんでしたので、少し量を減らしました。クロワッサン一個とコーヒー、そして納豆におからパウダーを加えた後よくかき混ぜ、豆乳ヨーグルトには少しジャムを入れて朝食としました。果物としては、ぶどう6粒とバナナ1本を2人で分け合いました。ぶどうは、シャインマスカット。洗うだけで、皮ごと食べられるのは本当に楽ですし、甘味もあって最高です。

■さて、今日は節分です。ネットで調べてみますと、節分とは本来は季節の分かれ目である立春・立夏・立秋・立冬の前日のこと。年に4回ありますが、室町時代あたりから、節分といえば立春の前日を指すようになりました。

旧暦では、春が新年の象徴だったため、立春前日の節分は大晦日のようなもの。昔は季節の変わり目には邪気(人の身に病気を起こすと信じられた悪い気)が入りやすいと考えられ、年の変わり目でもある立春前日の節分に、邪気の象徴である鬼を追い払う行事が定着した、とあります。

炒った豆を神棚にお供えし、夜に家長が行うのが豆まきの正式なやり方だそうです。我が家も毎年、私が北と南の玄関と窓から外に向かって豆を撒いています。

2年からは新型コロナウイルスという邪気が世界中を覆っています。一刻も早く、コロナウイルスが人類と共存できるように変異して、世界が落ち着いてほしいと願うばかりです。

■どうして豆で鬼退治するの?

鬼は邪気や厄の象徴。形の見えない災害、病、飢饉などの人間の想像力を越えた恐ろしい出来事は、鬼の仕業と考えられてきました。

鬼を追い払うためにまくのは大豆。大豆は五穀のひとつで、穀霊が宿るとされていました。そして、「豆を炒る」ことが「魔目を射る」に通じて「魔滅(まめ)」となるため、煎った大豆(福豆)を使って鬼を払うのです。

豆はまく前に、枡に入れて神棚に供えると、神様の力が宿って鬼を退治するパワーが増すそう。神棚がない場合は南の方角の目線より高い場所に、白い紙を敷いてお供えしましょう。

■豆まきはいつ、どうやってやるの?

鬼は真夜中にやってくるとされているので、豆まきは夜に行います。できれば家族全員がそろっているとよいでしょう。

豆まきは一家の幸せを願う行事なので、本来は家長が豆をまきます。その年の「年男」や「年女」も吉とされています。

豆まきのしかたは地方や家によって異なりますが、基本的には、窓を開け「鬼は外!」と大きな声で唱えながら外に向かって豆をまき、鬼が戻ってこないようすぐに窓を閉めて「福は内!」と室内に豆をまきます。家の奥から順番に、最後は玄関までまいて家中の鬼を追い払いましょう。

豆まきのあとは、1年を無病息災で過ごせるよう年の数だけ福豆を食べましょう。食べる豆の数は一般的には満年齢+1。全部食べきれない場合は、梅干しと塩昆布と豆3粒を入れた「福茶」を飲むといいですよ。

■英語版

This morning I rested instead of running. My alarm was set to go off at 5:30 a.m., but I woke up a little after 5:00 a.m., probably out of habit, so I just got up.

This morning was the day for collecting cans, bottles, and plastic bottles, so I took the three bags I had sorted yesterday to the designated place. After picking up the newspaper, I came home and started preparing breakfast.

I didn’t run this morning, so I cut back a bit on breakfast. I had a croissant, coffee, natto (fermented soybeans) with okara powder and stirred it well, and soy milk yogurt with a little jam for breakfast. As for fruits, we shared six grapes and a banana between the two of us. The grapes were Shine Muscat. It’s really easy to just wash them and eat the whole skin, and they have a great sweet taste.

Well, today is Setsubun. Today is Setsubun, the day before Risshun, Risshun summer, Risshun autumn, and Risshun winter, which is the division of the seasons, according to the Internet. There are four such days in a year, but since the Muromachi period (1336-1573), the term Setsubun has come to refer to the day before Risshun.

In the old calendar, Risshun was the symbol of the New Year, so Setsubun, the day before Risshun, is like New Year’s Eve. In the old days, it was believed that evil spirits (bad spirits that were believed to cause illness in people) could easily enter at the change of seasons, and the event to drive away demons, the symbol of evil spirits, was established on Setsubun, the day before Risshun, which is also the change of the year.

It is said that the official way of throwing beans is to offer roasted beans to a Shinto shrine and have the head of the household do it at night. Every year in our house, I throw beans from the north and south entrances and windows.

Since the 2nd year, a new type of coronavirus has been sweeping over the world. I can only hope that the coronavirus will mutate to coexist with humanity as soon as possible and the world will settle down.

(Q)Why do we use beans to kill demons?

(A)Oni is a symbol of evil spirits and bad luck. Horrible events beyond human imagination, such as invisible disasters, diseases, and famines, have been thought to be the work of demons.

To drive away the demons, soybeans are sown. Soybeans are one of the five grains, and it was believed that the grain spirit resides in them. Roasted soybeans (Fukumame) are used to drive away demons because “roasting beans” is the same as “shooting demons in the eye”, which means “destroying demons”.

It is said that if you put the beans in a masu (a box) and offer them to a Shinto shrine before throwing them, the power of the gods will dwell in the beans and increase their power to drive out demons. If you don’t have a Shinto shrine, place it in the south direction, above your eye level, and lay out a piece of white paper to offer.

(Q)When and how do we do Mamemaki?

(A)It is said that demons come in the middle of the night, so bean-throwing is done at night. It is best if the whole family is present.

Since Mamemaki is an event to wish for the happiness of the family, the head of the family usually throws the beans. It is also said to be good luck for the “New Year’s Boy” or “New Year’s Girl” of the year.

The method of bean-throwing varies from region to region and from house to house, but basically, open the window and chant “Oni wa soto! (Oni wa soto!) in a loud voice, and then quickly close the window to prevent the demons from coming back. and throw the beans inside the house. Start from the back of the house and go all the way to the front door to drive away all the demons.

After the bean-throwing ceremony, let’s eat as many beans as the number of the year so that we can live a year with good health and good health. If you can’t eat all of the beans, you can drink a cup of “Fuku-cha”, which contains dried plums, salted kelp, and three beans.

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石原慎太郎

■20220202(水曜日:晴れ)

土肥・松原公園です。懐かしの伊豆の踊り子号です。

■今朝は走りました。2月の第一回目のランです。いつも通り5時に目覚ましを合わせ、夜中の1時前に1度目が覚めましたが、その後はぐっすりと休み、目覚ましの鳴る少し前に目が覚めていましたが、目覚ましと共に起き出し、準備運動の後スタートしました。今朝はビニールゴミの日でしたので、所定の位置に運んでから準備運動しました。

今朝は校庭でのランニング時間を、24分に設定しました。そのおかげで45分10秒、7.02kmを走ることができました。7キロを超えて走ったのは、昨年11月23日の8.67km以来です。あの日以降、7キロを超えて走ることは1度もありませんでした。

体調を崩し、10月に55.69キロの月間最低走行距離を記録して以来、11月は58.04キロ、12月は73.87キロと、少しずつ走行距離も回復してきましたが、まだまだ100キロには程遠い状態です。

予定では、2月1日は千歳JAL国際マラソンの申し込み開始日だったのですが、ネットで調べた限りでは、まだ正式な申し込みは受け付けていないようです。新型コロナウイルスの感染拡大に伴って、開催委員会も判断に迷っているのかもしれません。

正直、今の体力では、ハーフマラソンを完走できるかどうか自信を持てないのですが、やはり大会に出場するという、はっきりした目標、あるいは走り続ける動機が無いと、継続することは困難です。

何とか開催してくれることを祈るしかありません。ここ二年、立て続けに開催が中止されていましたので、全国のファンが開催を待ち望んでいるのではないでしょうか。6月の第1日曜日が例年の開催日です。

■さて、東京都知事を13年半務めた、作家の石原慎太郎さんが、東京都大田区の自宅で2月1日に死去されました。

石原一家は弟の石原裕次郎さんが銀幕の大スターとして活躍しましたが、私も子供の頃、母が映画好きでしたので、歩いて10分ほどのところにあった川口東映という映画館に、母に連れられてよく通いました。

覚えている映画といえば、石原裕次郎主演映画と東映の時代劇です。提灯がたくさん画面に登場し、御用、御用という掛け声が飛び交ったのを、はっきりと覚えています。1964年に開催された東京オリンピックの公式記録映画も、この映画館で見たことを覚えています。

石原慎太郎さんは89歳で亡くなられましたから、まさに戦後の高度経済成長時代のど真ん中を、全速力で駆け抜けたような方でした。

今年で戦後77年となりますが、いわば一度生まれ変わった日本が、77年経って国際情勢も変わり、国家として一つの成熟期に入っているのでしょう。

これから、どのような道を歩み、どのような国として成熟していくべきなのか、きちんと議論をする必要があります。勢いだけで駆け抜ける時代は、もう終わっているのです。

■I went for a run this morning, my first run of February. I set my
alarm for 5:00 a.m. as usual, and woke up just before 1:00 a.m. I
slept well after that, and woke up just before the alarm went off. I
got up with the alarm, and since it was plastic garbage day this
morning, I carried it into position and then did my prep work.

This morning I set my running time in the schoolyard to 24 minutes.
This is the first time I’ve run over 7km since November 23, 2011, when
I ran 8.67km.

Since I got sick and recorded my lowest monthly mileage of 55.69 km in
October, my mileage has been gradually recovering with 58.04 km in
November and 73.87 km in December, but I am still far from 100 km.

According to the schedule, February 1 was the start of registration
for the Chitose JAL International Marathon, but as far as I could find
on the Internet, it seems that they are not accepting official
applications yet. It seems that the organizing committee may not be
able to make a decision due to the spread of the new coronavirus.

To be honest, I’m not sure if I can finish the half marathon with my
current physical strength, but it’s difficult to continue running
without a clear goal or motivation to participate in the event.

I can only hope that the event will be held somehow. The event is
usually held on the first Sunday in June.

On February 1, author Shintaro Ishihara, who served as governor of
Tokyo for 13 and a half years, passed away at his home in Ota-ku,
Tokyo.

Ishihara’s younger brother Yujiro Ishihara was a big star on the
silver screen. When I was a child, my mother was a movie buff, so she
used to take me to the Kawaguchi Toei movie theater, which was about a
10-minute walk away.

The movies that I remember are the ones starring Yujiro Ishihara and
Toei’s period dramas. I also remember seeing the official documentary
film of the 1964 Tokyo Olympics at this cinema.

Shintaro Ishihara, who passed away at the age of 89, was a man who ran
at full speed through the middle of the postwar era of rapid economic
growth.

This year marks the 77th anniversary of the end of World War II, and
so to speak, Japan has been reborn, but after 77 years, the
international situation has changed, and the nation has entered a
period of maturity.

We need to have a proper discussion about what kind of path we should
take and what kind of nation we should mature into. The era of running
with momentum alone is already over.

冬芽

■20220201(火曜日:晴れ)

土肥・松原公園の土肥桜です。

■今日から2月・如月です。ひと月が、あっという間に経ってしまいました。

今朝は、ゆっくりと休みました。昨年10月に体調を崩して以来、連日走るのはやめました。必ず一日、休養日を置いて走ることにしたのです。今のところ、そうしたペースで走り続けている方が、体調が良いようです。

昨年から走るコースも変えました。知り合いの一人住まいの高齢者の方の家の前を通り、安否を確認してから踵(きびす)を返し、小学校の校庭に向かいます。

そこでスマホのタイマーをセットし、校庭を走るのです。21分間走り続けてきましたが、昨日は23分にセットしてみました。たかだか1、2分の違いなのですが、最後はやはり苦しく感じることもあります。

もうあと1分伸ばせば、合計7キロ走ることができそうです。そうして週3回走れば、21キロx4週間で84キロとなりますから、目標の30日88キロも、決して無理な目標ではなくなります。

昨年8月、9月と天候が悪い中、つまり走るには苦しい暑さや雨の続くなか、なんとか頑張って、月100キロ走を達成したのですが、そのツケが10月にどっと回ってきました。

まるで、下り坂で強烈なエンジンブレーキがかかったような状態になってしまったのです。自分でも、どうしてそんな状態になってしまったのか、検討も付きませんでした。

とにかく走る意欲が湧いてこないのです。本当にガス欠状態になってしまいました。食欲が無くなり、胃腸薬が欠かせなくなりました。疲弊状態です。

単純に、頑張りすぎだろう、疲れが溜まったのだろう、年のせいだろう、と色々理由を勝手に考えていたのですが、ひょっとしたら、新型コロナウイルス・ワクチンの副反応の影響もあったかもしれません。

その他の症状、例えばあちこちに出現した筋肉痛なども、一つの証左かもしれません。ワクチン接種後に、同様の筋肉痛や疲労感に苦しんでいる友人から話を聞くと、得心できる点が多いのです。

結局のところ真偽は不明ですので、無理をしないで大切にするしかないのですが。

■今朝の東京新聞10面には、「今週のことば」和田重良 NPO 法人・くだかけ会代表が書かれています。

「夢を見し  木蓮冬芽  輝きぬ」曳地トシ『24節気で楽しむ庭仕事』。書き出しは、こうあります。

もうじき立春ーー光の春がやってきます。冬枯れの山でじっと寒さに耐えている木々の姿は苦を味わう人生にも似ています。人生にもエネルギー切れのように感じてしまう日々もあり、すっかり色あせた時と思うこともあります。

そして、こう結んでいます。

こんな季節には日だまりのオオイヌノフグリの小さな花と冬芽の観察がお勧めです。この句から春を待つ元気をいただきました。

確かに周囲を見ていると、どこもかしこも冬枯れでしたが、その中にも、春の準備が隠されているのです。先日は土肥桜が咲いているのを、Nonと3人で見ることができました。

河津桜は、これからです。それでも、つぼみが膨らんできていました。自然の営みは、どんな時でも、とどまることはないのです。

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