■20191220(金曜日:晴れ)
■今朝もゆっくりと休みました。火曜日に白内障の手術をしてから、今まで続けてきた朝のジョギングはしばらくおあずけですので、目覚ましは6時に合わせて起きています。もう2週間近く走っていません。もう一度前のように定期的に走ることができるようになるのかかなり不安ですが、今は堪忍自重の時です。
手術前に罹患してしまった風邪も、ようやく完治の一歩手前まで来ました。まだ鼻水が時々出たりしますが、体自体の調子は普段と変わらないものに戻りました。
昨日からは仕事も再開し、とても不安だったのですが、幸い自分の裸眼視力だけで十分仕事ができることが分かりました。もちろん、これから術後安定する1ヶ月までは見え方は変化するでしょうから、一喜一憂しても仕方ありません。兎にも角にも今は手術は大成功で、以前と違ってとても鮮明に物が見えるという喜びを噛み締めています。
今このブログを更新しているのは、スマホで行っているのですが、この画面の字の大きさですとプラス1Dの老眼鏡で作業すると、とても楽に行えます。つまりは文字が大きくハッキリ見えるということです。本当に綺麗に見えます。
昨日は手術前から読んでいた中村梧郎さんの「母は枯葉剤を浴びた」を読み継いだのですが、以前と比較して文字がとても綺麗に見えるので、読むのがずっと楽になりました。
使用していただいた眼内レンズは単焦点のレンズですので、遠くも近くもみんなよく見えるというわけにはいきません。先生にはマイナス2Dになるように計算してもらいました。つまりは50センチ先に、ちょうどピントが合うような計算です。軽度の近視状態です。
ある論文によれば、この程度の近視が遠方も近方も一番不満が少ない、屈折度数らしいのです。私は手術前は右は強度近視に近く、左は中等度の近視という不同視でしたが、近くの細かい字は右目で見えましたので、読書に関しては最後まで、それほど苦労することはありませんでした。寝床に入って眠る前まで、Kindleで読書をするのも眼鏡なしで問題ありませんでした。
今のところ、この睡眠前の寝床での読書はできません。少し離してみても文字を読むのが困難です。もちろん老眼鏡を使えば全く問題なく綺麗に見えるのですが、寝床の中で老眼鏡をかけることは自分にはかなりの抵抗があります。
まあ、新しく生まれ変わったようなものですから、落ち着くまでに時間もかかりますし、慣れるのにも時間がかかるということでしょう。それに適応して必要なメガネを使って、無理をせずに生活する、ということが求められている訳です。
手術をする前はある一定の距離からは光が届いていないような感じがしました。例えてみれば、射程距離の短いヘッドライトを付けた車で運転しているような感じでした。それ以上先の距離は、光が届かずぼんやりしてよく見えなかったのです。それは白内障のためでした。それが全くといいほど消えました。どこまでもピントが合うということはもちろんないのですが、光はどこまでも届いているという感覚が戻りました。あとは慣れることしかないようです。