2022 年 02 月 11 日 北海道小樽市街と石狩湾です。

月: 2018年11月 Page 1 of 4

ランニングシューズ

■20181130(金曜日:晴れ)

 

ハノイ旧市街での様子です。ベトナムの女性は、よく働きます。

 

 

■今日で11月も終わりです。いよいよ師走。何だか昨年も、同じように溜息をついていた気がします。昨年の年末は、来年になればTakuも就職し、結婚もするんだ、と何だか夢を見るような思いでいました。それが全て現実のものになったのですから、まさに時の流れは恐ろしいものです。

 

自分自身も、降って沸いたような職務が回ってきて、自分にこなせるものか不安でしたが、皆さんの支えで何とか今のところボロを出さずに済んでいます。同窓会にも出席しました。高校時代の、そして中学時代のものもありました。それは何より内館牧子さんの「すぐ死ぬんだから」が引き金でした。昨夜も寝る前に床の中で、再読し終えました。一度目と二度目では、心に残る部分が異なりました。

 

自分自身も今年で前期高齢者の仲間入りです。保険証が変わって、本当に高齢者の仲間入りしたのだ、とこれは確かに感慨深いものです。今のところ大した病気もせずに、多少物忘れが気になる程度で済んでいますが、これからどんな変化が体に起こってくるのか、じっと自分を見つめるしかなさそうです。

 

■今朝の東京新聞にはマラソンシューズについての記事が掲載されています。題して「厚底か薄底か」。

 

「次々新作 メーカー開発競争」
薄底シューズは、作りが繊細フィット感がいい。厚底シューズは、足置くだけ、前へ進む感覚。

 

本格的なマラソンシーズンの到来を前に、新たなマラソンシューズが発売されました。「薄底シューズ」です。スポーツ用品メーカー「ニューバランス」が発売しました。最近はナイキが発売している「厚底シューズ」が世界のマラソン界を席巻しています。薄底シューズはシューズ職人三浦仁司さんとメーカーが共同開発しました。三村さんは「信念、理念で作った。今までにない履き心地。多くの日本人に合うシューズ」と胸を張った、と書かれています。

 

厚底シューズ、薄底シューズ、それぞれ愛用者が感想を述べています。どちらの意見も正しいのでしょう。三村さんによれば、「日本人の10人のうち8人くらいは足首が柔らかい。だから新作の薄底シューズは多くの日本人ランナーに合うと思う」と自信をのぞかせています。

 

私のような初心者にとっては、どちらでもそれほど変わりのないような気もしますが、負担がより少ない、という点から考える、厚底の方が楽なのかなと私自身は想像しています。どちらにしても選択肢があるというのは素晴らしいことです。試してみようと思っています。

 

 

アイバンク運動

■20181129(木曜日:晴れ)

 

ベトナムの人力車シクロです。旧市街を流してくれます。

 

 

■今朝は暖かな朝でした。生ぬるい、とすら思える暖かさでした。今朝からは休養モードです。日曜日に備えて披露を取り除く必要があります。昨夜はこの冬初めて、ネックウォーマーを着用して床に入りました。東向きの窓に頭を向けて寝ているので、肩口から冷えてくるのです。夏は風が涼やかなのですが、冬はブラインドをしっかり閉めても冷えるのは致し方ないようです。その御蔭かどうか、熟睡できました。原因は分かりません。単に疲れていただけかもしれません。何度か試してみないと、はっきりしたことは言えません。

 

昨夜は沼津ライオンズクラブのみなさんと、アイバンク活動について食事を共にしながら、忌憚のない意見交換を行いました。こうした交流会は、今回が初めてのようです。沼津ライオンズクラブには、日本のアイバンク運動の父と言われるNPO法人日本アイバンク運動推進協議会最高顧問で真楽寺住職の勧山弘(すすやまひろむ)さんがおられました。勧山弘さんは、今年の11月8日99歳で亡くなられましたが、ご自身も検眼をされたそうで、沼津ライオンズクラブでは、厳戒態勢で取り組まれたようです。その時の様子なども聞かせていただきました。

 

静岡県はアイバンク運動が盛んな地域です。現在は検眼をされるご遺体から眼球を摘出するのは、眼科医の仕事になっています。特に検眼数の多い静岡県東部では、摘出に赴く眼科医の負担が、重いことが問題になっています。アメリカなどでは教育を受けた専門の方が、そうしたことは行っているようです。

 

いろいろな問題はあるものの、もちろんアイバンク運動が尊いものであることは間違いないことですので、皆さんで力を合わせて良い方向へ向かうことができるように、これからも交流会を開催することで一致しました。

 

電子図書館

■20181128(水曜日:晴れ)

 

ハノイのホアンキエム湖前にある水上人形劇場周辺です。

 

 

■■今朝は走りました。これで今月の目標 100km を無事に達成することができました。6.13km を走り、総計 101.56km 残り2日での達成です。これで45ヶ月連続月100キロを走り、総計 7,493km を積み重ねたことになります。木曜日、金曜日、そして土曜日と休息を取って日曜日にお伊勢マラソンです。毎月綱渡りの目標達成ですが、自分にとっては生活の基本ですので、とても大切です。この目標のお陰で生活に一本芯が通りますし、体の調子も悪くありません。暴飲暴食を避けるようになりますから、まさに生活の基本です。

 

月100キロ走では健康には良いかもしれないが、余裕を持ってマラソンを完走するには足りない、という高野コーチの指摘は、誠にそのとおりだと実感します。ただ自分の力が、とてもその指摘に応えられるほどのレベルでないことも自分が一番良く知っています。今でもアップアップで目標維持ですから、これ以上は難しそうです。まぁ、のんびり少しずつ前に進むしかなさそうです。

 

■さて今朝の東京新聞によると、12月1日から熱海市に電子図書館が開設されます。

 

熱海市立図書館は12月1日から、図書館に行かなくても自宅や外出先からスマートフォンやタブレット端末などで電子書籍を借りて読むことができる電子図書館をオープンする。市によると県内の公立の電子図書館は磐田、浜松両市に次いで3例目という。

 

静岡市に無いのが不思議で、沼津市に無いのは致し方ないかな、という感じです。

 

インターネットに接続した端末を使い、電子書籍を読んだり借りたりできる仕組み。市教育委員会の2018年度の調査でスマートフォンや携帯電話の普及率は市内の小学生で41.4%、中学生は74.1%とかなり高いことが分かり、若い世代の読書離れの解消策の一環として電子図書館の開設を決めた。仕事の都合や健康面などから図書館に通うのが困難な市民への利便性向上も見込む。

電子書籍は899冊で、小説や一般書のほか、中学生向けのライトノベル234冊、子育て世代向けに県内初となる絵本99冊を揃えた。このほか、熱海の郷土資料344冊も電子図書館で閲覧できる。

 

電子書籍で本を読む、というと抵抗のある方も多いはずです。先日友人にある本を勧めました。私はキンドルで電子書籍で読んだのですが、友人は紙の匂いが好きだから、と印刷本を好んでいましたが、老眼が気になる世代以上では、絶対に電子書籍の方が楽に読書できます。文字を自由に拡大できるからです。いつでも、どこでも手軽に読書できますから、絶対に読書量も増えますし、購入も家に居ながらにして可能です。安売りのセールスもありますから、その時に購入すれば、お得です。

 

地方自治体独自の資料も、このような形で公開すれば、そこから新しい作品が生まれるかもしれません。門外不出では、何の役にも立ちません。ぜひ沼津でも、そしてどのような記念館でも、そうして欲しいものです。

 

 

娘の幸せ

■ いいたい放題

 二〇〇八年から続けているベトナム枯葉剤被害者支援の旅に、六名の仲間とともに今年も出かけました。三年連続でバクザン省職業訓練センターを中心に、女医でもある施設長のトゥイさんが選んでくれた十二軒の被害者家庭を訪問し、家庭状況を確認の上、皆様から寄付していただいた医薬品や生活支援金を、お渡ししました。

 センターでは医薬品の贈呈とともに、子ども達や職員の皆さんの眼科検診を行いました。さらに今年は、障害を持つ子ども達の運動機能回復のために必要なリハビリ機器と、施設運営資金として千ドルを寄付することができました。今年は施設の子ども達の数が少なくて拍子抜けだったのですが、施設長さんのお話を聞き納得しました。施設で受けた職業訓練を土台にして子ども達は仕事に付き活躍中で、そのために多くの子が不在だったのです。施設での活動が実を結びつつあるようです。

 最初に訪問した家庭では、グエンさん父娘にお話を聞くことができました。枯葉剤の後遺症として、お二人とも顔を中心に全身に多数のコブ、腫瘍があり時々痛むとのことでした。

「私が従軍したのは、フエ省、クアンチ省で枯葉剤散布のひどい場所でした。一九七五年に戦争は終わりましたが、皮膚症状は一九七七年時点ではありませんでした。それ以後に出現してきたのです。六人の子供がいますが、症状があるのは、四番目のこの娘だけです。生まれた時点では、お尻に大きな腫瘍があり摘出しました。ずっと病弱でした。六歳から小さい腫瘍が出現、次第に増大してきました。知的障害もありますが、自分のことは自分でできるし、私の仕事を手伝うこともできます。兄弟からの支援は無理なので、生活資金は国からの援助金のみ。月の支援金は二人合わせて全部で二〇〇万ドン(日本円で一万円弱)。農業をして自給自足に近い状態です。苦しいことが多いが、後ろ向きに考えても仕方がないので、いつも笑顔で過ごすように心がけています。みなさんには、ここまで来ていただいて感謝しています。妻は九年前に死にました」

 父親は私と同じ歳、そして障害を持つ娘さんは、私の長女と同じ歳でした。帰りがけ、一人で玄関前に立つ娘さんに、幸せあれ、と心から願いバスの中から手を振りました。顔の腫瘍を手で隠しながら、恥ずかしそうに手を振り返してくれた娘さんの顔が、忘れられません。

 帰りの飛行機を待つハノイ・ノイバイ国際空港でのこと。バスを待つ列に並んでいた若い女性のキャリーバッグに置かれた英語の本に目が止まりました。お話を聞いてみると日本の会社でシステムエンジニアとして働いているとのこと。日越を往復する日々のようです。私達のベトナムでの活動をお話し、枯葉剤被害について尋ねてみると、全く聞いたことがない、と言われ驚きましたが、これまでにも何度か同じような経験をしたことがあります。どうやらベトナムでは若い世代にベトナム戦争での枯葉剤散布、そしてその後の被害について積極的には教育していないようです。支援活動と同じように、広報活動も大切だと痛感し、帰国の途についたのです。

環境保護

■20181127(火曜日:晴れ)

 

ベトナム・ハノイのお昼時です。歩道に俄仕立ての昼飯屋さんです。

 

 

■今朝はゆっくりと休みました。12月の2日のお伊勢マラソンに向けて調整です。明日の朝いつものとおりに走って、月間目標を達成し、その後は本番まで休息です。

 

昨夜は冷え込みも弱く、寒さ対策で着込んだ寝間着代わりのフリースのためか体温が上がってしまい、動機で目が覚めてしまいました。最近は体温調節能力が低下しているのか、寝ていて暑すぎると動機がして困ります。体を冷やさないと寝つけなくなりました。年を取るというのは、本当に大変なことです。

 

■今朝の東京新聞朝刊では木村太郎さんが、「太郎の国際通信」でアメリカ・カリフォルニア州の山火事について書かれています。山火事の原因は、まだはっきりしていないようですが、北部のパラダイス町の火事は、どうやら電線のショートから始まったのではないかと疑われているようです。カリフォルニア州の山火事では電線がショートして枯れ木や枯れ草に燃え移り広がることが多いそうです。こうした危険性を防ぐためにカリフォルニア州議会では2年前、全会一致で山火事防止法案を議決していたのですが、カリフォルニア州のブラウン知事(民主党)が拒否権を行使してこの法律は実現しませんでした。

 

ブラウン知事の拒否権行使の背景には、カリフォルニア州の環境保護派が森林伐採に対し強く抵抗していることがあると言われています。トランプ大統領は「山火事の原因は森林管理の失敗からだ」と言ったのも、あながちでまかせではなかったようです。

 

国土管理や国立公園などを担当するジンキ内務長官は者会見で、

 

森林の密度、特に枯れ木の密度が高いほど山火事の危険性が大きいわけ由で、我々は森林管理をしたいのだが、環境保護過激派が次から次へと訴訟を起こして妨害してきた。彼らは森林全体を燃やしても、一本の木を切ったり森を間伐しない方が良いと考えているようだ。

 

 

これに対してカリフォルニア州のリベラル派は、パリ協定離脱に代表されるトランプ大統領の環境軽視が今回の災害の遠因だと批判している。今回の山火事はやっと鎮火したが、政治問題の方は火勢が弱まる気配は見えない、と書かれています。

 

まさに不毛の論争です。森も手を入れないと荒れ放題になるのは、日本でも大きな問題になっています。アメリカは植林した森なのかどうか知りませんが、やはり手入れが必要なのでしょう。建設的な議論を経て、より良い環境を維持していくしか無いようです。

 

 

鉄橋

■20181126(月曜日:晴れ)

 

こちらも川口の荒川沿いの土手です。右手の奥に見えるのが、京浜東北線が走る鉄橋です。これまでに何度往復したことか。50年前には、土手の左手には鋳物工場のキューポラが、いくつも見えていました。

 

 

■今朝は走りました。いよいよ今週末には伊勢に行かなければなりません。昨日はTakuが土曜日に乗る電車の時刻表を送ってくれました。つまり土曜日に仕事が終わって何時の電車に乗って静岡、名古屋、伊勢市駅まで何時に、どのようにたどり着くか、ということです。

 

本当に助かります。待ち合わせの方法も決まりました。あとは、それまで怪我や風邪をひいたりしないように気をつけることです。今朝は 6.12km を走り、95.43km を積み重ね、残り4日 4.56km  となりました。水曜日に最後の6キロを走って、100キロの目標を達成し、日曜日までは休息です。大会前の三日間は休息するのが私の決まりです。疲れを取る必要があります。

 

 

土手

■20181125(日曜日:晴れ)

 

荒川沿いの土手です。ずっと先に、川口市立西中学校があります。映画「キューポラのある街」で吉永小百合さんが自転車を漕いだ場所です。

 

 

■今日は久しぶりに大村さんとゴルフをご一緒しました。ゴル友長倉師匠とのラウンドなのですが、大村さんも駆けつけてくれました。私より9歳年上の大村さんですが、そのエネルギーは私以上です。沼津市商工会会長も勇退され、会社の方は息子さんに任せたものの、まだまだ事業への意欲は衰えていないようです。すごいパワーです。

 

さて桑田泉プロの理論を聞きかじって新しいスイングに取り組んだものの、前回はOBを三連発してしまい、撃沈状態でしたが、今日も前半は似たようなものでした。とにかくどこへ飛んで行くかわからない、というが実態です。後半はなんとか、まともになった、というだけですが、気長に取り組むしかなさそうです。

 

学習障害

■20181124(土曜日:晴れ)

 

川口市の浮間ゴルフ・クラブハウスです。土手の反対側にコースがあります。子供の頃、関東オープンゴルフが行われ、陳清波プロが優勝したことを覚えています。

 

 

■今朝は不安の内に夜が明けました。胃炎を心配していたからです。午前中に19キロ走り、昼休み床屋へ行き、本屋さんに寄って、「すぐ死ぬんだから」を購入して、そして午後からはゴルフの練習に行き、夜はSunと一緒にお風呂に行き、その後ゆっくりと一杯やったのです。充実した一日でしたが、調子に乗って食べ過ぎ、飲み過ぎで急性胃炎を起こすのが、私の弱点です。

 

北海道旅行にSunと行った時に最悪の発作を明け方に起こしました。土曜日に二人で樽前山に登ったのです。頑張り過ぎと疲れも溜まっていたのでしょう。日曜日の明け方、下痢、嘔吐で七転八倒の苦しみでした。日曜日でしたので、ネットで当番医を探して治療してもらいました。点滴を二本、1,000cc してもらい、帰りの飛行機にもギリギリ間に合いましたが、もう大丈夫だろうと空港でお水をほんの少し口にしただけで、帰りの飛行機の中でトイレに駆け込み、腹痛に苦しみ通しでした。

 

誰しもきっと体の弱点があるのでしょう。疲れが溜まると、そこへ来るのです。以前の私なら扁桃腺炎を起こして高熱に苦しんだはずです。開業する前に勤務していた大学病院で扁桃腺を摘出してもらいました。それからは嘘のように高熱発作を起こすことが無くなりました。が、今度は胃腸炎を起こすようになりました。調子に乗るな、というお告げなのでしょう。

 

昨夜は不安な一夜でしたが、スマートウォッチによれば、「睡眠の品質は良い」、深い眠り2時間20分、浅い眠り2時間30分とあります。自分自身としては何だか寝付けない一夜で、ほとんど寝ていないのではないか、と錯覚しているのですが、実はきちんと寝ていることが分かります。実際寝覚めてみても、疲労感はありません。嫌な夢をみて、寝覚めても徒労感ばかりが残っているかのごとく感じていても、どうやらきちんと寝ているようです。スマートウォッチを購入してみて、睡眠判断ソフトで調べてみて良かったことは、その事が分かったことです。多少寝付けなくても慌てることはない、焦ることはない、ということが分かりました。

 

■今朝の東京新聞のこちら特捜部の記事には考えさせられます。「学習障害の子に、こう配慮を」です。知的な遅れはないものの、読み書きや計算などの特定の分野に困難がある学習障害(LD)の子は、40人学級に1−2人いるようです。周囲が少し配慮すれば問題なく学べるが、保護者が学校側に配慮を求めても「前例がない」と及び腰の対応になりがちです。

 

入学試験で答案用紙に書き込むのが苦手となると、時間内に試験を終えるのは難しくなります。ワープロ使用を認めてほしい、と交渉しても、学校側の返答は「特別扱いはできない」「他の学校で前例はありますか?」と拒否や戸惑いとなりがちです。学校側の困惑もよく分かります。

 

せっかくの才能を潰してはしまわないか、と私などは心配してしまいます。こうしたLDの子どもたちの中には、すごい才能を持っている子も多いのです。日本では学校に余裕が無いので、どうしてもお役所的な対応がなされてしまいます。国民の持つ才能をどれだけ活かせるチャンスを提供できるか、という点からの検証も、これからは、とても大切なことのように思えます。日本は人材しか資源が無いのですから。

 

 

 

働く喜び

■20181123(金曜日:晴れ)勤労感謝の日

 

川口市立西中学校の前の道、「環状線通り」沿いです。この道を、よく歩きました。

 

 

■今日は走りました。LSDに挑戦です。7時から走り始め、18.92km を2時間10分10秒かけて走りました。残り7日で 10.68km まで来ました。来週の月、水曜日で目標の100キロを超える予定です。帰ってきてシャワーを浴びた後に体重を測ると、なんと 55.45kg で、体脂肪率は 12.20%の痩せ、となりました。脱水です。朝食の美味しかったこと。これも走った後の、ご褒美です。

 

■昨日は午後から保険の再契約手続きがあり、その後、夜は勉強会があり、座長を務めました。これで一つまたお役目が無事に終わり、あとは明日の静岡での眼科医療従事者講座の座長と、その後の講師との懇談会です。さらに来週木曜日に、東部眼科医会役員会が終われば、とりあえず今年の役割は無事に終了となります。その後は、お伊勢マラソンで完走することだけを考えれば良くなります。

 

(●^o^●)

 

■さて今日は勤労感謝の日。休日ですから、ホット一息なのですが、働くことについて考える機会でもあります。働くことは当然、生活のためでもあります。生活できなければ何も始まりません。それでは生活できればよいか、というと働くことには、それ以上の意味があります。今日の東京新聞の社説の題名は、

 

誰かの役に立つ喜び。働くって何だろう。

 
です。 一つの例を挙げています。京都にある一澤信三郎帆布(はんぷ)という根強い人気を誇る老舗カバン店です。一点一点職人が手作りし、修理を受け、長く使い続けるかばんを提供する。京都の店でしか売らない。「目の届く範囲、責任をとれる形で売る」からです。もうけを考えれば、70人いる職人に残業を求め、人数を増やしたほうが良いのでしょう。だが、そうはしないのです。

 

一澤信三郎社長は平然として言います。

 

世間は利益率やら投資効果、利便性のことばかり。だが暮らしに何十年と役立つものは、そんなもんからは生まれまへん。だから、とことん時代に遅れ続けような、って言うてんです。

 

最後に社説は、こう結んでいます。

 

職人の生活を守り、品質を守り、いいものを作り続ける。それが使う人の役に立つ。働くとはつまり、人をつなぎ、人を守るものではないでしょうか。

 

私が一番大切だと思うのは、長く続くことではないでしょうか。ゴーンさんのようにコストをカットして利益を出すことは、もちろん大切です。しかし利益を出すことは目的ではないと思うのです。なぜ利益を出さなければ駄目なのかと言えば、利益が出なければ会社を継続させる事ができないからです。一時的な利益だけでは会社は続きません。短期的な利益と長期的な展望。経営とは、本当に芸術だと私は思います。優れた経営者は、芸術家なのです。

 

数字は大切なのですが、数字だけでは文化は生まれません。長く続く会社には、必ず文化があります。人を引きつける文化があるのです。消費者だけでなく、そこで働く人々にも喜びを与えることができるのです。先程の一澤信三郎帆布も、京セラも、ソニーも、日本電産も、優れた会社には、人を引きつける文化があるのです。一時的にもてはやされる経営者も、長い時間に耐えるのは、並大抵ではできません。

 

やはり時間が最良の篩(ふるい)に違いないのです。

 

 

思い出

■20181122(木曜日:曇)

 

以前住んでいた団地では、ここに小さな池があり、よく遊びました。

 

 

■今朝はゆっくりと休みました。昨夜はNonちゃんと二人で夕食を取りました。Sunが出張講演で、四日市に出掛けましたので、一緒にご飯を食べない、と私が誘いました。忙しい中で駆けつけてくれました。

 

娘とじっくり話をする機会など、なかなか無いものです。幸い娘は同じ道に進んでくれましたので、話の種は尽きないと言えば尽きないのですが、昨夜はNonちゃんが子供の頃や、学生時代の事など、これまであまり聞くことのなかった思い出を知ることができました。

 

子育てに細かく立ち入ることは、私はしなかった、と言えます。Sunが子ども達と話し合い、その事後報告を聞く、という流れがほとんどだったように記憶しています。私は脳天気ですから、子ども達を信じて待つしか無い、と単純に思っていました。私が口出しをして私の思い通りに事が進むとは、とても思えなかったからです。それぞれの子どもには、それぞれの性格や個性があります。押し付けて、その通りにならないことは目に見えていたからです。

 

Nonちゃんも、時に第一子の長女としても色々辛い思いをしたようですが、それは誰でも同じです。思い通りになる人生も、順風満帆の人生もありません。ぶつかっては進む方向を少し変えて、あるいは寄り道をして、それでも前に進むしか無いのが人生です。

 

結果として三人の子ども達は、それぞれが自分の道を歩んでくれたように思います。もちろん、まだまだこれからの道程のほうが長いのですが。見守るしかなかった父親としての自分も、まんざら悪くはなかったのかな、と少しホッとして、別れました。

 

 

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