■20220125(火曜日:曇)

2019年、二人で出掛けた北海道・旭岳の様子です。噴煙が上がっています。多くの登山客で賑わっていました。

■今朝は、ゆっくりと休みました。昨日、走りましたので、今日は休養日です。と言っても、自分の睡眠サイクルから行くと、5時半に起きるのが一番体に合っているようです。

ということで、昨夜は目覚まし時計を5時半に合わせて休みました。22時から寝る準備を始め、布団に入ったのは22時10分ごろ。最近はYouTubeで、オー・ヘンリー短編集の朗読を聴きながら、眠るのが日課になっています。

スマートフォンは23時から4時の間は、電源が切れるように設定してありますので、安心して朗読を聴きながら眠りにつくことができます。

昨夜は午前1時に一度だけ目が覚めてトイレに行きました。その後は、ぐっすり眠れたようです。5時には目が覚め、目覚ましの鳴る5時半まで、うとうとと布団の中で夢を見ていました。

なんの夢だか、もう思い出せないのですが、悪夢でなかったことだけは確かです。温かな布団の中で、うとうとと時を過ごすのは、至福のひと時です。

そして、目覚ましが鳴って起き出し、今日は生ごみの日ですので、所定の位置に運んで新聞をとって、家に戻りました。まだまだ真っ暗ですので、電気をつけてから朝食の準備を始めました。

今朝は走りませんでしたので、いつものクルミパンも昨日二つに切ったうちの、小さい方を食べました。

昨年末以来、どういうわけか体重が、少しずつ減っています。自分としては、特に減量しているつもりはないのですが、太る様子がないのです。走る量も昨年11月からは減っていますので、それを考えれば、むしろ体重は増えても良いのですが、現実はむしろ逆です。

すんに言わせれば、食べる量が減っているからだ、と言うのですが、自分ではよく分かりません。確かに年齢のせいで胃の容量も減っているのでしょう。昔に比べたら食べる量はというか、胃の中に詰め込むことのできる量が、明らかに減りました。

体組系の数字とにらめっこをしながら、食事と運動のバランスを取っていくしかありません。

■さて、今朝の東京新聞6面には、「一首のものがたり」が掲載されています。あとがきでは、ーー2013から17年まで連載した「一首のものがたり」を再開します。短歌一首の背景にある、知られざる物語をひもといていきます、と書かれています。

そして今日の掲出首は、

中西進

電灯の 毀(こわ)れてあれば一と処 暗きを避けて生徒(こ)らは席とる

『原点』となった夜学での1年。都立雪谷高校定時制の森ヶ崎分校が間借りする教室に、夜ごと明かりが点り、とても小学生には見えない男女が通学していました。

開校から4年目の1953年(昭和28年)4月、23歳の国語教師が赴任しました。万葉学の第一人者で令和の考案者とされる中西進(92)の若き日の姿でした。

当時、戦後の貧しさから抜け出せない時代で、木造の校舎は海岸に近く、冬には強い潮風で凍えるほど冷え込みました。生徒達は木綿のねんねこを着込んだりして寒さをしのぎ、給食の脱脂ミルクを煮込むのに使った七輪の残り火で暖を取っていました。

分校専用の部屋は職員室だけで、教室の白熱灯が切れていてもなかなか交換されず、生徒は部屋の所々にある暗がりを避け、明るみに身を寄せて教科書を開いていました。そんな生徒たちの姿を歌にしたのが掲出の歌であり、まさに夜の教室から生まれた一首です。

最後に中西先生は、こう語られています。

何が教師としての立ち位置か。人間がどれぐらい弱者であることに気づくか、それが私の原点だと思う。弱さに気が付けば謙虚になり、謙虚さがやさしさになる。これこそが原点だと思うんです。

どんな人にも、人生の原点となるような、若き日々があったはずです。その原点が人生を貫く芯棒になれば、その人の人生はきっと、実り多きものになるに違いありません。