月別: 2017年10月 Page 1 of 4

言葉との相性

20171031(火曜日:曇)

10月20日最初の被害者家庭訪問で向かった山の中の一軒家への道の途中で撮りました。バスを降りて10分以上歩きました。

■テレビでは今朝は一番の冷え込みだった、と報じています。ところが、自分の体に起こっていたことは全くの逆でした。体の中の脂肪が一晩中燃え続けていたような気がするのです。朝起きてすぐに体組成計で調べみると、体脂肪率が 12.4% と昨日から 1% 以上低下しています。ベトナムから帰ってきたばかりの頃は、14% を超えてしまっていたので、ようやく元に戻った、というところです。

 記録を取り始めてからの通算走行距離が 6,000km を超えましたから、体の体型も筋肉も以前とは変化しました。基礎代謝も当然上がりました。他には多少のストレッチをしているだけですから、何もかにも、ただ走っていることのおかげです。今朝の東京新聞に掲載されている、ある女性週刊誌の広告には、「糖尿病は腹筋と歯磨きで防ぐ!」と謳っています。

 もちろん両者が大切な事は間違いありません。しかし腹の出た人が腹筋でウェストを縮めよう、というのは、あまりにも短絡的です。実際うまく行きません。自分自身の経験では、ただただ走っているだけで余分な脂肪が体中から削げ落ちていきます。もちろんお腹からも。

 いつも走り出す前に自分に言い聞かせているのは、「とにかく、ゆっくり走ろう!」です。ゆっくりがどの程度の速度なのかは、その人によって違います。私の場合はキロ7分から7分15秒程度です。この程度ですと辛くも苦しくもありません。その後3キロを過ぎる辺りから体が軽くなってきます。自然と速度も上がっていきます。この程度ですと、たぶんどなたでも少し走ることを続けていればできるはずです。長距離が大の苦手だった私でも続いているほどですから。

 それで生活習慣病が予防できるなら、こんな安上がりな健康法はありません。増え続ける医療費の削減には、一番効果的です。ただし続けることが大前提だ、というところが辛いところですが。

■NHKハングル講座を録画して勉強しています。最初に学んだ本が、「一時間でハングルが読めるようになる」という本でした。ハングルが読めるようになることと、韓国語が理解できるようになることは、もちろん別のことなのですが、最初にこの本を読んでとても良かったと思います。ハングルの発音のルールが分かっていると、その後の学習が格段に楽になるからです。またハングルを読むことが楽しくなります。

 発音できることと、その意味が理解できることは、全くの別物なのですが、発音できると理解できたような気がするから不思議です。これも続けるしか無いのですが、6,000km 走ることができたのですから、続けることは何とかできるかもしれません。相性が合えばの話ですが。

Sunの誕生日

20171030(月曜日:晴れ)

10月19日の夜、ベトナムでの最初の夕食です。フォーとアヒルの肉と、そしてルールーと呼ばれるパパイアの漬物です。これが美味しかったのです。

■今朝は台風一過、爽やかな朝でした。昨日は終日台風22号の影響で雨でした。どこへも出かけないで、ベトナムでの活動のまとめをしていました。お陰でとりあえずは取材した記録お越しが終わり、取材した枯葉剤被害家族の様子を掲載することができました。

 幸か不幸か支援隊の仲間には、こうした資料の整理をしてくれる人がいません。つまりは誰もパソコンを自由に使えない、ということです。致し方ありません。それぞれができることを積み重ねていくより無いのです。無い物ねだりをしても意味がありません。他の方は、他の準備や後片付けをしてくれていますので、持ちつ持たれつなのです。

■さて今朝も走りました。今月も残る所、あと2日になってしまいました。とにかく雨の多かった一月でした。通常なら秋晴れの爽やかな日が多いはずなのですが、今年はそうはなりませんでした。私にとっては朝5時から1時間半だけ雨が降らずにいてくれればよいのですが、それすらも叶わない日が結構ありました。

 記録を見ると、今月走ることができた日は、2,4,6,9,10,11,12,18,21,22,23,25,26,27,28,30日の16日でした。先週は7日のうち、6日走りましたから、ほぼ毎日走っていた、ということになります。

 今朝は6.48km を走り、総計101.87km を記録しました。これで32ヶ月連続月間100kmの記録を更新しました。続けることが全てです。

■さて今日はSunの誕生日。昨日までは2つ違いの夫婦でしたが、今日からは1つ違いに戻ります。先日の高校の同期会では、17歳違いにの連れ合いと4年前に結婚した、という仲間がいました。羨ましいやら、大変だな、と同情したり複雑な思いでした。

 自分たちが60歳を超える歳になるなど、結婚した当時は、当然夢にも思いませんでしたから、それだけの時間が経過したということです。まぁ、まだもう少しありますので、仲良く楽しく毎日を送るしかありません。

■NHK ハングル講座を真面目に読んでいます。安東市での屋台のオバチャンとの楽しいやり取りが忘れられないのです。

 言葉が分かれば、もっと楽しかったものを。美味しかった食物以上に、私には強い印象として残っているのです。

静かなひと時

20171029(日曜日:雨)

ベトナムの農家の庭で見つけたスターフルーツです。

スターフルーツ(starfruit、carambola、学名: Averrhoa carambola )は、カタバミ科ゴレンシ属の常緑の木本。和名は五歛子(ごれんし)。独特の形をした果実を食用にする、とネットにありました。ある被害者家庭で庭に植えてあるスターフルーツをご馳走になりました。そのまま切って果物としていただきましたが、ちょっと酸っぱすぎて私には美味しいとは思えませんでした。

でも色々な料理法があるようで、工夫をすれば食物繊維も豊富で体に良いようです。

■今朝は予報通り雨の朝です。風は強くないのですが、文字通り雨粒が仕事の様に、タイマーで決められたようにひたすら空から落ちてきます。台風22号の影響です。雨の日曜日も、また良しです。天気が良いと気ぜわしくなります。なぜかじっとしているのが、もったいない気がしてしまうからです。平生決まりきった日常生活を少し変えるには、日曜日は良いチャンスだからです。

 とは言っても、ここしばらくは忙しい時を過ごしました。19日にベトナムへ旅立ってからは、落ち着く暇がありませんでした。ですから、今日のこのたっぷりの雨は、私にとっては有り難い雨なのです。

■ベトナムの旅で取材した枯葉剤被害者の情報を、まとめなければなりません。三軒は終えました。残りは11軒です。スマホにインタビューを録音しました。通訳のツゥン君の解説をオウム返しの様にスマホに向かって話しかけておいたのです。それをいわばテープ起こしをして、それぞれの家庭の状況を整理する必要があります。

■昨日は浦和で高校の同期会がありました。高校24期生の会です。世話役の弁護士野辺さんが呼びかけてくれて、浦和駅近くの浦和倶楽部で開かれました。案内はもらってあったのですが、実際に出かけてみると場所が分かりませんでした。まずは駅の観光案内コーナーなる場所で教えてもらいました。二人の女性が常勤で詰めているようです。訪れたのが土曜日の午後5時40分頃ですから、混雑する頃なのでしょうか。私だけでなく、引き続いて何人かの方が、案内を求めて訪れていました。

 さすがは政令指定都市です。親切に調べて教えてくれましたが、実際に行ってみると、どうもよく分かりません。駅に戻って駅前の交番で再度尋ねました。親切に教えてくれましたので、再度挑戦してみましたが、とても分かり難い場所でした。2−3度行きつ戻りつした結果、何とか店を見つけることができました。分かってみれば駅から歩いて3分もかかりません。落ち着いた感じのお店でした。総勢18名の同期生が集まりました。

 野辺さんの司会で、さっそく乾杯しました。その後、同窓会の現状や理事選出に当たっての経緯が説明され、その後みんなで自分たちの現状を報告し合いました。皆さん私と同じ64歳ですから、多くの方は勤め先を退職しているはずです。ただこうした会合に出てこられる人は、まだまだ現役の方が多く、全くの悠々自適という人はいなかったようです。

 たまたま私の前に座った古賀さんは、私と同じ職業でした。いまは170床を有する老人のためのリハビリテーション病院の副院長をされています。多くが脳卒中の後の後遺症に苦しむ高齢者が対象のようです。とても興味深い話を聞くことができました。古賀さん自身とは、高校時代の思い出は、ほとんどありません。クラブ活動にも所属していませんでしたし、付き合いも悪かった私は、高校時代の友人を思い出すのは、なかなかに困難です。

 その古賀さんが強調していたのは、高血圧症の恐ろしさでした。多くの患者さんのお話を聞いている古賀さんが言うのは、こんな生活を続けていたから患者さんは、こんなことになったんだ、という思いでした。高血圧症自体は、それほど症状がありません。Silent Killer と呼ばれる所以です。ところが長年それが積み重なると、大変なことになるのです。しかし患者さんにそれを想像してもらうのは、とても困難なことなのです。

 古賀さん自身は、お話をしていても、とても穏やかで、いかにも信頼できる内科の先生、という感じでした。東京から埼玉県の越谷市の病院へ通ってるとのことで、朝は5時台に家を出られるそうです。冬に向かってこれからは大変です。

■同じ歳の同じ高校で青春を送った仲間が、この歳になって近況を語り合う、というのは、なかなかに楽しく興味深いものです。あっという間の2時間でした。20時34分の電車で帰る予定でしたので、最後の締めを頼むと言われたのですが、そう言われて気づいた時点で、もう20時15分を過ぎていることに驚きました。慌てて予定を話して会場を去りました。

 帰りは道に迷うこともなく改札を通りました。しかし駅を通る路線の種類の多さに混乱しました。昔は京浜東北線だけを考えればよかったのですが、今では何種類の路線が通っているのでしょうか。しかし次の停車駅が赤羽駅なのには驚きました。往路は原駅→熱海駅→小田原駅→新宿駅→浦和駅と三度乗り換えました。物は試しで初めてのコースを辿ったのですが、新宿から浦和駅まで、あっという間なのに驚きました。昔は京浜東北線で川口から赤羽駅、そして池袋経由で新宿まで映画を観によく行ったものです。

 復路はさすがに新幹線を利用しました。浦和駅で一本早めの電車に乗れたようで、新幹線こだま号も一本予定より早めでした。お陰で22時29分には原駅に到着。Sunが迎えに来てくれました。お風呂に入って、ようやくゆっくりできました。

 忙しない一日でしたが、雨の日曜日で休養すれば良いや、と思っていましたので、苦にはなりませんでした。野辺さんには、息子に挨拶に行かせるので、色々話をしてやってくれるように頼みました。歓迎するから、と快く引き受けてくれました。有意義なひと時でした。

高校同期会

20171028(土曜日:雨)

ある枯葉剤被害者宅へ向かう様子です。典型的なベトナムの農村風景です。

■昨日の天気予報では、朝の6時までは降水確率が20%で、それを過ぎると90%に跳ね上がる、となっていました。今月の目標達成までの残り距離が10キロ強でしたので、台風による明日からの本格的な雨を考えれば、今朝は走るしかありませんでした。5時にすんなりと目が覚めて窓を開けてみると、雨はまだ降っていません。急いで着替えを始めました。

 ということで、今朝は 6.01km を積み重ねて残りが4.61km となりました。多分目標達成のための最後のチャンスが、天気予報によれば10月31日になりそうです。今月は、とにかく雨の多い一ヶ月でした。しかもベトナムへの旅もありました。目標達成まで、あともう少しです。

■今日は浦和で高校時代の同期会が開催されます。同窓会の理事を専任する相談のようです。同窓会全体の副会長を務めている同期の野辺さんからの連絡がありました。我が同期生の中からも理事を出す必要があり、選考のための集まりです。

 川口に育ち京浜東北線で川口から高校のあった北浦和駅まで毎日通った私にとっては、浦和駅というと京浜東北線というイメージがこびり付いているのですが、いまやスマホのアプリで原駅から浦和駅まで、という路線を調べると、なんと東海道線で熱海駅まで、そして熱海駅からは、JR上野東京ラインで東京まで行き、そのままJR宇都宮線で小金井行となり浦和駅に到着する、という路線が打ち出されます。3時間強の電車の旅です。

 新幹線を使うまでもありませんので、韓国語のテキストでも読みながら、のんびり行くつもりです。ただし、その前に先日ハノイで転んで欠けてしまった前歯の治療に歯科医院に行く必要があります。Takuにも写メを送って意見を聞きました。神経まで傷が行っていなくて良かった、ということですが、レントゲンを取る必要があるかもしれない、とも言われました。

 明日は雨の日曜日のようですので、ゆっくり休みましょう。今朝走った後の体組成計で、ようやく体脂肪率が14%を切り、もとの13%台に復帰しました。健康を損ねて走ることができなくなった時の自分の体がどうなるか。想像しただけでも、ぞっとします。

NHKテレビ「ハングル講座」

20171027(金曜日:晴れ)

ベトナム料理名物春巻きです。ライスペーパーに包んで食べます。ところが最初は、それが手拭きに見えたからお笑いです。

■昨日は午後から、いつものように休診でした。平生なら出かけるのですが、さすがに昨日は安静に務めました。ベトナムでの疲れ、そして帰ってきてからのランニングと、ゆっくり休んでいる暇が無かったからです。

 今朝も走りましたが、昨日の休養が効果絶大だったようで、10.47km をキロ6分11秒で走りきることができました。これで残りあと10.62km となりました。明日からは、また天候が崩れそうなので、走ることができる天候の朝に頑張っておかないと、目標の達成が困難になります。

■さてベトナムでの活動のまとめが、いちおう大枠だけ出来上がりました。つまりは施設での活動と被害者の家庭訪問の様子を撮影した写真の掲載が終わった、ということです。訪問家庭での被害者の名前と写真のすり合わせも無事に終わりました。スマホの録音アプリと写真へのメモ添付機能の有効活用で、例年よりもずっと早く終了できました。

 あとは各被害者家庭の様子を録音した内容をテープ起こしして、記録にきちんと残す作業が残っています。こうした作業は根気がいるのですが、これをしておかないと、あとで何をしたのか分からなくなります。結局思い出話で終わってしまうのです。私たちは思い出づくりに出かけているわけではありません。日本の皆さんにも実態を知ってもらいたい、という思いを持って出かけています。そうなると記録がきちんと残っていないと説得力が無くなります。

 援助してくださった皆さんに対する義務でもあるのです。

■さて昨日はスマホで、NHKテレビ「ハングル講座」を購入しました。Kindle版です。Huaway P10 light で読んでいると、とても綺麗に読めます。韓国語には三つの基本的な文体があるとか、語順は日本語と同じだ、とか目から鱗の内容が分かり易く掲載されています。

 今年はSunとNonちゃんと三人で、釜山とソウルに行きました。食事がとても美味しかっただけでなく、安東市では屋台で楽しく民間交流ができました。要は地元のオバちゃんと冗談を言い合いながら買い物ができたのです。他愛もない、と言えばそれまでなのですが、とても楽しい経験でした。もっと言葉が分かれば、もっと素晴らしい交流ができたかもしれない、と心から思ったのです。

 少しずつ前に進みましょう。一足飛びは、何事も無理な話ですから。

記録の整理法

20171026(木曜日:晴れ)

初冠雪から三日後の富士山です。昨日の雨で一段と美しくなりました。

■今朝は日本晴です。富士山が雪を頂いて、とても綺麗です。やはり富士山には雪が似合います。富士山の初冠雪は23日でしたが、今朝は鮮明に我が家の玄関からも見ることができました。

 今朝も走りました。6.21km を積み重ねて、合計 78.90km となりました。あと21.09km です。しかし週末は、また台風の影響で悪天候の予報。朝走ることのできる日は、毎日でも走っておかないと間に合わなくなりそうです。

■ベトナム枯葉剤被害者支援の旅の様子をまとめています。5泊6日の旅行でしたが、その間の活動の様子をまとめることは、後々の写真展や発表の際に、とても重要ですので、記憶が鮮明なうちに整理する必要があります。今年は家庭訪問の際にパソコンを持ち込まずに、スマホの録音機能を有効活用しました。

 つまり録音機代わりに被害者家族との対談などの要約を録音し、写真にもメモとして家族や訪問何件目なのかなどをスマホの写真に記録しました。そうしておけば、あとで整理する際に内容の整合性が容易に取れるのです。

 下手をすると対談の内容が、どの家族のものだったか分からなくなりかねません。施設長さんがくれた訪問家庭の情報はベトナム語で書かれていますので、さっぱり分かりませんので、注意して記録しないと大変です。スマホの写真へのメモ添付と録音アプリの併用は、これからの大きな武器になりそうです。

広報活動

20171025(水曜日:雨)

ハノイで見た水上人形劇です。多くの外国人観光客が見に来ていました。観光バスが道路に並んでいました。入場料は500円ほど。一時間の公演です。

■さてまた日常の再開です。先週も木曜日に仕事が終わってから出かけたベトナム支援の旅も、昨日の帰国で一段落。支援の旅で集めた資料をもとに、写真展を開催し、日本の人々にも戦争の後遺症で未だに苦しんでいる人々がいるのだ、ということを知ってもらうことは、とても大切です。

 そうした広報活動は、実際の支援活動と同じぐらい大切なのですが、仲間にとっては、とても重い課題なのです。一市民でしか無い仲間にとって、どうしたら一人でも多くの方に知ってもらうことができるのか。頭を悩まし続けています。

 私はロータリークラブ関係や医師会関係でお話をすることもありました。これからも仲間ともに知恵を絞って広報活動に取り組む予定です。

■今朝も走りました。走り出した5時半頃には、本当にパラパラ程度だったのですが、6時前にはしっかりと降り始めました。走ったあとのストレッチも省いて家に入りました。

 5.22km を積み重ね、総計で 72.68km を記録しました。残すところ、あと27.31km です。

 

帰国

20171024(火曜日:晴れ)

早朝5時のハノイです。ホテル前のカフェに集まり、これから空港へ向かうところです。

■今朝は4時半に目覚ましをかけました。ハノイ・ノイバイ国際空港からの飛行機便に間に合うようにです。いよいよベトナム枯葉剤支援の旅も終わりです。先週の木曜日の診療終了後に慌ただしく羽田空港へ向かってから、あっという間の6日間でした。

 ホテルのロビーに5時に全員集合し、5時半までに精算をして6時前にはホテルをあとにしました。これでベトナムともお別れです。8時45分発のベトナム航空便 VN384 で羽田へと出発です。エアバスの機体はほぼ満員の状態でした。5時間ほどで羽田に無事に到着。15時39分発の京浜急行線で品川駅、そして新幹線で熱海駅まで行ったあとに、東海道線浜松行きに乗り換え、無事に17時27分原駅に到着しました。

■ベトナムでは朝3回走ることができました。いま統計を取ってみると、14.05km を積み重ね、これで総計 67.46km となりました。何とか目標に少し近づきました。

ハノイでの一日

20171023(金曜日:曇)

 

■今日はハノイ市内を散策しました。まずは旧市街でショッピングです。夕方からは有名な水中人形劇を観劇しました。そして最後の夕食はタインさん親子のご馳走をいただきました。

今朝も走りました。早朝のハノイの歩道を走ったのですが、とんだハプニングに襲われました。この写真は、かの有名なオペラ・ハウスです。

タインさんご夫妻が遊びに来られました。ホテル前の路上カフェにて。

ハノイ旧市街のお店にて買い物中です。絹製のスカーフは名物のようです。明るい店員さんとの駆け引きも買物の楽しみの一つです。

セント・ジョセフ教会前にて。多くの観光客が訪れていましたが、自分自身は内部に入ったことはありません。

かの有名な新聞社ニャン・ザンの本社前にて。

水中人形劇を楽しみました。ここでも多くの観光客で、ごった返していました。

最後の晩餐は、タインさん親子がごちそうしてくださいました。またの再会を誓いました。

 

■こうして、あっという間のベトナム支援の旅でした。大釜会長の具合が最後まで心配で、今年も無理をしない方が良いのでは、というのが仲間の偽わらざる心境だったのですが、驚異的な回復力で復帰されました。凄い精神力です。

 私も今回の旅の間に三回も早朝ランニングをしました。昨年と比較すると明らかに力が付いているのが自分でも分かりました。ただし、好事魔多しです。

 23日の早朝、ハノイの歩道を走っていて躓きました。暗い歩道で段差に気付きませんでした。あっという間に前のめりに転んでいました。口の中が何やらザラザラして不快でした。

 痛みは無かったものの、あちこちを擦りむいていることに気付きました。前歯が一部欠けています。走るのを止めました。歩いてホテルに戻り始めました。

 次第にあちこちが痛み始めてきました。道路を横断していてバイクと接触しました。文字道理、接触です。脚の一部を少し擦りむきました。

 ホテルに帰って、さっそく鏡を覗き込みました。どうやら歯の損傷は他者には分からない程度のものでした。幸運でした。本当に幸運でした。知らない街の暗い歩道を走るのは、絶対に止めようと決心しました。

■仲間で振り返りの時間を持ちましたが、支援活動を継続して行く事の難しさを改めて痛感しました。高齢化の問題が一番です。半数が70歳を超えています。

 以前の様に真夏に出かける事は、もう無いのですが、海外旅行をするだけでも、かなりの体力が必要です。膝の痛みは大敵です。

 車の乗り降り、ホテルやレストランの階段の昇降、そして訪問家庭への歩行は、思ったよりも体に負担を掛けます。若い時には何の苦もなく出来た事が、いちいち負担になって立ちはだかるのです。

 来年も訪問したいという気持ちは全員が持っているものの、実現できるかどうかは、来年になってみなければ分からない、というのが正直なところです。

 兎にも角にも健康に留意して来年に備えるしかありません。

 今年は、ベトナム語を少し勉強して出かけました。今まで、そうしなかったのが不思議なのですが、ユーチューブでの無料講座に取り組みました。

 と言っても、施設での自己紹介など、本当に微々たる一歩なのです。でも全ては一歩から始まるのです。

 経済的な問題もあります。今年の費用は一人あたり14万円でした。決して軽くはありません。それでも生活支援金を寄付で賄えたので大変助かりました。来年は難しそうです。

 何とか来年も皆で参加できるようにしたいものです。

ハノイへ移動

20171022(日曜日:晴れ)

 

■午前中三軒の家庭訪問をしました。そして午後からハノイへの移動です。

「「 家庭訪問 1 軒目 」」

 

20171022日一軒目 グエン・ディン・ビンさん。

 被害者はグエン・ディン・ビンさん。1982年生まれの35歳の女性。三人兄弟の二番目。兄と弟。二人に異常はない。足が変形し歩けない。話すこともできない。右腕は拘縮。身の回りのことは何もできない。終日木製のベッド上での生活。大人しくしており暴れることは無い。熟睡できないようだ。父は娘が枯葉剤の被害者だと知らされた時、仕方がないと思うしか無かった。月140万ドンの支援金あり。

 父は中部のダナンで従軍し枯葉剤に被爆。9年間従軍していた。父母で面倒をみている。父、母ともに66歳。父も枯葉剤被害者の認定あり。糖尿病と診断されている。父には170万ドンの支援金。

「「 家庭訪問 2 軒目 」」

10月22日二軒目の家庭訪問 チュン・バン・ティエンさん。

 被害者はチュン・バン・ティエンさん。1938年生まれ、79歳、男性。第一世代の被害者。会話はできるが体が動かないので、家族に身の回りの世話をしてもらっている。本人が南部で従軍していた時に枯葉剤に被爆。寒いと言って夏でも、写真の服で生活している。暖房を使うことが多い。食事の時は体を起こして食べることができる。今年に入り下肢の浮腫がひどくなり病院を受診したが原因不明とのこと。今年の2月から寝たきりの生活となる。沢山のサプリメントを服用。費用がかさむ。おむつを使用。枯葉剤被害者の認定を受け、7年前から支援金を受けている。年金と合わせて270万ドンの支援金あり。

 妻は77歳。末っ子が話に応じてくれた。三洋・パナソニックのベトナム法人で勤めていた。今はサムスンに勤務。5名の子どもたちのうち、二人は障害なし。三人には知的障害などがある。

 

「「 家庭訪問 3 軒目 」」

10月22日三軒目の訪問 グエン・タイン・カットさん。

 被害者はグエン・タイン・カットさん。85歳の男性。妻も85歳。タイニン省で7年間従軍していた時に被爆。今は難聴がひどく話が聞き取れない。寒気がひどくオーバーを着ている。年金など含めて月250万ドンの支援金あり。糖尿病と診断されている。

 五名の子どもたちがいる。末っ子の息子さんはハノイで仕事をしているが、右目が悪く肝臓に腫瘍がある、と言われている。未だ認定はない。

 昨日と今日ともに被害者家庭訪問時にそれぞれの地域の人民委員会の方達が大勢同行され、二度にわたり昼食をご馳走になった。本日は15名ほど人民委員会の方が同席。

 

「「 ニンビン省から来られたビンさん達との夕食 」」

 

■被害者家庭14軒の訪問を全て終え、高速道路を走ってハノイに帰ってきました。午後3時42分ホテルに到着。コニファー・ホテルです。昨年は別のホテルでしたが、エレベーターが無く階段を登らなければいけませんでした。重い荷物を持って登るのは大変でした。ということで、今年はエレベーターのあるコニファー・ホテルにしてもらいました。チエックインも終わって部屋に入り、シャワーを浴びて休憩しました。

 今年は昨日、今日の訪問に人民委員会のみなさんが同行してくださり、昼食を二度にわたってご馳走になりました。施設長さんのお力でしょうか。今まで、そんなことは無かった、とは大釜会長の弁です。言葉が通じれば施設長さんを始め、委員会のみなさんと色々お話をすることができたと思うのですが残念です。施設長さんは英語ができませんし、私はベトナム語がさっぱり分かりません。つまりは意思の疎通のしようがないのです。もどかしい思いで一杯でした。

ニンビン省旧559部隊の一員の皆さん。わざわざニンビン省から車で駆けつけてくれました。

 二人の仲間と一緒にタクシーで駆け付けてくれました。ビンさんとは三度目の対面です。体調も良いようで、前回お会いした時には皮疹が酷かった記憶があるのですが、すっかり治癒されたようです。

 ニンビン省の枯葉剤被害者協会会長に昨年就任され、各家庭を精力的には回られているようです。来年ぜひ来て下さい、と依頼されました。そうしたいのは山々なのですが、バクザン省とニンビン省はハノイから見ると南北正反対に位置しています。

 もう来年の事を考えなければなりません。仲間も高齢化して参加する事が困難になって来ています。若い世代に輪を広げたいのですが、経済的な負担の問題もあり、容易ではありません。

 難問山積です。

 

 

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