月別: 2017年12月 Page 1 of 4

一年を振り返って

20171231(日曜日:曇)

 

今年のベトナム支援活動の際に、山口さんが持参した金属製の鶴です。来年も平和であってほしい、と願っています。被害者家庭に寄贈しました。

 

■いよいよ大晦日です。つまりは今日で2017年も最後となります。となると、一年を振り返ることが必要です。では昨年の12月31日は、どんなことがあったのだろうか、と振り返ると、こんな状態でした。

 

2016年12月31日

 

そうなのです。アイバンクの当番があって呼び出されていたのです。思い出しました。昨日窓拭きをしたのは、31日は天候が良くない、という天気予報があったためもあるのですが、昨年のことがトラウマになっているのかもしれません。

(●^o^●)

沼津西ロータリークラブの二度目の会長職が始まって半年。クリスマス例会も無事に終えて、ほっと一息ついたところでした。

今年も色々ありました。一月にはSunとサホロにスキーに出かけました。いつもと違うホテルに泊まってスキーを楽しみました。正解でした。

三月にはTakuと一緒に立川シティーハーフマラソンに初めて参加。走り終わって銭湯に入りました。楽しい思い出です。自分なりに、しっかりと走ることができた、と感じた初めてのハーフマラソンでした。

五月の連休には、Sunと二人で九州旅行に出かけました。民宿でいただいた朝食のお味噌汁は絶品でした。もう一度食べたい思いです。

六月には Taku と Sun と三人で、千歳マラソンに参加。その日に帰らなければならなかったので、いささか忙しない旅でしたが、いつものことながら、本当に楽しい週末でした。

八月にはSunと二人で北海道へ出かけました。積丹半島の旅です。積丹半島の海岸の美しさは、今でも目に焼き付いています。天気の神様に感謝です。

九月にはNonちゃんと三人で韓国の旅へ出かけました。本当に楽しい旅でした。安東市での韓国のおばちゃんとの交流は、殊の外楽しい思い出でした。あれから韓国語を学び始めました。

そして十月にはベトナム支援の旅に出かけました。今年こそ、もう最後だ、と思いながら、ここ数年出かけています。参加者も高齢化して、行程をこなすことが実際に困難になってきています。来年は、どうなりますか。

十二月に入ってお伊勢マラソンに参加しました。Takuが探してくれました。伊勢神宮に行ってみたい、というTakuの願いがありました。野口みずきさんには、二度もハイタッチをしてもらいました。その後に鳥羽湾のホテルに宿泊し、美しい海岸と海の幸をTakuと楽しみました。最高の思い出です。

そして最後は、もう一度サホロにスキーへ出かけました。来年はAyaちゃんに会うためにオーストラリアへ出かけるので、予定を繰り上げました。

 

■こうしてみると今年も家族で一緒に出かけることができました。最高の幸せです。元気でなければ出かけることもできません。一年間を通して月100キロ走の目標も達成できました。これも素晴らしいことです。何しろ怪我や病気をしたら達成できません。ロートルながら、無事是名馬です。

■さて今日の残された仕事はお風呂場の清掃です。水垢がこびりつきます。午前10時7分ようやくそれも終わり、今は購入してあった伊集院静さんの文庫本を裁断・スキャンしてPDF化しています。とりあえず「乳房」が終わりました。伊集院静さんというと、飛行機に乗る度に座席前のポケットに入っている雑誌で読む原稿が思い浮かびます。

とても静謐ながら心に残る文章を書かれます。一度作品を読みたいとは思っていたのですが、今回三冊購入してみました。「乳房」、「受け月」、そして「機関車先生」です。PDFをdropbox に移動し、そして端末に取り込むのです。端末は何でも構いません。読書用アプリとしてサイドブックスが利用できればスマホでも良いのですが、字が小さくなるので大きな画面の端末ですと楽です。10インチ以上なら最高です。ただしその大きさですと重くなりますので片手で手軽に読める、というわけには行きません。これは意外と重要です。

端末は技術の進歩で、ますます軽くなり薄くなり、そして画面は綺麗になってきています。昔とは比較対象になりません。読書だけのことを考えれば、キンドルのようなイー・インクを用いた端末が目のためにもお薦めです。ただしPDF化した作品を読むためには適しているとは言い難いのです。

早く全ての作品が電子書籍の形で購入できると良いのですが、そうなると本屋さんが必要なくなります。これは困ります。しかし今の形で本屋さんが残ることは無いでしょう。ビデオ・レンタル店が消える運命であるのと同じです。書店には、ぜひとも残ってほしいのです。どういう形でなのかは、私には分かりません。どういう空間となるのか。そう、本を提供するのではなくて、空間と時間を提供する場となるはずです。それしか生き残る道は無い、と私には思えます。

村上春樹さんの「ノルウェイの森」に登場する小林書店のような懐かしい本屋さんは、残念ながら消え去るしか無いようです。私も心をときめかして週刊少年サンデーや週間少年マガジンを買いに家の近くの本屋さんに飛んで行ったことを覚えています。作品としては「伊賀の影丸」、「紫電改のタカ」などです。創刊は1959年とありますから、私が6歳。しかしこの歳で雑誌を買いに出かけることは無いはずですから、もっと後のことでしょう。

伊賀の影丸は、1961年連載開始とありますから、これならば十分可能な年齢です。創刊時の両者の値段は、30円と40円とありますから、今の1/10 の物価というところでしょうか。あの頃はゲームというものがありませんでしたから、子どもたちの楽しみといったら、やはり漫画でした。

いつまで漫画本を読んでしたのか。中学校の時に塾に通っていました。その時に置いてあった沢山の漫画本を楽しみにしていた記憶があります。それが最後でしょうか。あの塾は、いまどうなっているのでしょうか。川口に住んでいた頃、荒川の土手の近くにあった塾です。家から歩いて15分ほどでしたでしょうか。

今も交流のある小・中学校の同期生 鈴木孝平さんと一緒だった記憶があります。何もかにも白黒の幻のような思い出です。

■14時39分現在、どんよりとした曇り空から時折雨が降ってきます。

今日始めてふるさと納税をしました。大阪泉佐野市に寄付しました。子ども達の育成事業に使われるとのこと。情報が少ない気がしますが、無駄に使われる事はないと信じています。

返礼品は缶ビールです。二人で飲む予定です。楽天市場からスマホで簡単に手続き可能です。あっという間です。

二千円を除く寄付額が控除されます。税金の使われ方に関心を持つという意味からも、良い仕組みだと思います。

有効に使われることを願っています。

■午後9時23分、年越しそばも食べ終わり紅白歌合戦を見ています。と言っても、私は紅白歌合戦には全く興味がありません。つまりません。時間の無駄ですので韓国語レッスンのビデオを観ています。

何度も見ているとようやく少し馴染んで来ます。以前には一つの単語も拾えなかった韓流ドラマのビデオも、一つ、また一つと単語として気付くようになって来ました。

こうして学んだ事が身に付いていくのでしょう。とても嬉しいのです。論語の「学而その一」に、あるとおりです。生きることは学ぶことです。学び続けている限り、人は朽ちることが無いのです。

■午後10時49分、あと一時間強を残すばかり。今年は韓流ドラマ「不屈の嫁」を見直しました。多くの男女が登場します。ドラマを貫くのは、愛(サラン 사랑)です。

ブルーハワイの中でプレスリーが歌ったのが「愛さずにはいられない」。と同時に人間は、「愛されずにはいられない」存在なのです。男女の間だけではありません。親子の間もしかりです。愛は水のような存在。砂漠に行って何より貴重なのが水です。砂漠に行かなければ気付かないのです。

人間とは、なんと脆く、なんと愚かな存在なのでしょうか。

■午後11時31分、あと30分弱で新年。オーストラリアでは、もう年が改まりました。Ayaちゃんも新しい年を迎えました。あと数日で会えます。

紅白歌合戦も最後の一曲。ゆずの「栄光への架け橋」。野口みづきさんのゴールシーンが映し出されました。

来年は冬季五輪。まもなくです。新しい年がやって来ます。

■ゆく年くる年で、まず映し出されたのが「岐阜の明善寺」。雪景色です。日本中で初詣が行われています。平和と繁栄を願って手をあわせます。

庶民には、それしか出来ることはありません。祈るしかないのです。来年はバブルが弾けるかもしれません。そろそろ崩壊が近付いています。リーマンショックの再来です。

何が起きても、良き年としましょう!

 

利益相反

20171230(土曜日:晴れ)

サホロスキー場の様子です。スノーボードを楽しむ人が、とても多かったのです。

■昨日は仕事納め。無事に何とか一年を終える事ができました。明日は休日だ、と思ったものの、今朝はやはり起き出して走ってしまいました。28日に3時間走を完遂することができ、大きな自信につながりました。3時間走り続けることができたのだから30分走るくらいは大したことではない、と考えることができるようになったのです。

実際に今までとは桁違いに早く走ることができるようになったわけでもなんでもないのですが、気持ちの問題はとても大きいのです。自信とは、そうしたものなのでしょう。つまりは一つ壁を乗り越えることができた、と言えそうです。そうした意味でも、今年はとても良い年でした。昨年の12月に行われた袋井クラウンメロンマラソンの後で、高野コーチからアドバイスをもらって一年が経ちました。ようやくアドバイスを実行できたような気がします。

100キロを走る高野コーチからすれば、42.195km などは余裕の範囲内なのでしょう。3時間に対する30分のようなものです。レベルが違いすぎますが、目標とする方向は間違っていない、という確信を得ることができただけでも、とても大きな収穫です。高野コーチに感謝、感謝です。

これで今年最後の月は、107.50km を走り、今年一年で 171回走り 1357.33km を積み重ねることができました。エプソンのランニング・ウォッチで記録を取り始めたのが 2014年。きちんと年間の記録が残っているのは 2015年からですが、それを見ると、1212.98km、1288.15km、そして今年が 1357.33km と少しずつですが距離が伸びていることがわかります。

大切なのは続けること。そして少しずつ成長することです。その意味では悪くありません。怪我も病気もせずに続けることができたのが一番の収穫です。来年が楽しみです。来年は、どの大会にTakuと一緒に参加できるかも、大きな楽しみの一つです。

■さて今年の新聞も今日を含めて、あと二日。今朝の東京新聞の一面は、「就農外国人 高まる期待」です。今年決まった国家戦略特区で解禁する外国人の農業労働を活用しようという流れについてです。現在11地域で活用を目指している、という調査結果です。

人手が足りないのは事実です。しかし、ここで安易に安い労働力として外国人を導入すると、結局はメキシコからの何千万という移民の流入によって大きな社会問題を背負い込むことになったアメリカの様になるのです。ここは我慢してでも、ロボットを始め可能な限り自動化を進めて、世界最先端の農業を目指すべきなのです。安易な道を選択してはなりません。

当初は研修生という名目で始まっても、やがては派遣化していくのは目に見えています。以下の引用は、とても大切な点です。安倍内閣の本質が露骨に出ている事例です。

 

特区諮問会議のワーキンググループで検討が始まった一昨年末から、規制官庁の法務省と厚生労働省は解禁に慎重な姿勢を貫いていた。ところは昨年10月、諮問会議の民間議員が連名で「議論の入り口にすら入れていない」と圧力をかけると一転、昨年末の諮問会議で導入の方針が固まった。

委員の一人は派遣大手パソナグループの会長を務める竹中平蔵氏。安倍晋三首相とも親密で、民進、共産など野党からは「規制緩和でビジネスチャンスを得る人物が公然と諮問会議に参加しており、利益相反だ」と非難する声も上がっている。

 

アメリカでは当たり前のことなのでしょうが、こんなことをしていると確実に日本も分断された社会に行き着いてしまうのです。

■午前中は大掃除の中の担当部門、窓拭きをしました。暖かな天候に救われました。洗剤を使っての水拭きですので、寒さは大敵です。

終わってから洋服ダンスの後片付けをしました。使われていなかった娘達の整理戸棚を拝借しました。

昼ごはんに、お餅を食べて一休み。それから久しぶりにゴルフの練習に出掛けました。暖かな日和に誘われました。

バンカーショットとアプローチを一時間ほど練習。満足しました。左手の使い方に関して大事な点に気づきました。

実際にコースで試してみないと確信は得られませんが、かなり良い線を行っていると自分では感じました。

何事も練習して始めて楽しさが分かるものです。こうして練習する度に新たな点に気付き、次回への挑戦が新鮮なものになります。

連続34ヶ月達成

20171230(土曜日:晴れ)

 

■昨日で仕事も終了。何とか無事に一年間の診療を終えました。大過なく過ごせたことを、本当に感謝するばかりです。

 

継続して走り始めたのが、5年前の7月。59歳の時でした。「還暦で走るフルマラソン」を目標に走り始めました。ちょうどテレビで「三ヶ月で走るフルマラソン」という番組を放映していました。

 

以前から長距離を走ることに興味があったのですが、何しろ一番の苦手でした。小学校の頃は、これでも短距離は早い方で、よくクラス対抗のリレーの選手に選ばれました。小学校4年生の時の運動会が、私の人生で最もスポットライトが当たった一瞬でした。第一走者を務め一番でバトンを渡しました。

 

あれから、どう控え目に見ても、あんな華やかな時はありませんでした。

 

(●^o^●)

 

一方、長距離走は苦手でした。本当に苦手でした。そんな自分が還暦にフルマラソンとはお笑い草なのですが、そんな自分だからこそ、父の死を目の当たりにして、挑戦する気が起こりました。無謀です。今思えば、それほど父の死は大きな衝撃を私に、もたらしたに違いありません。その時点から自分では終活が始まった気がします。

 

 

 

年の瀬

20171229(金曜日:晴れ)

南千歳駅に到着する特急スーパー十勝です。Takuが見たら喜ぶでしょう。

■いよいよ今日で仕事も終わりです。仕事納め。多くの職場では昨日が最後だったのではないでしょうか。通常は私もそうなのですが、来年早々にAyaちゃんに会うためにオーストラリアへ行くことになっています。年始の休みが長期になってしまいますので、年末を長くしたのです。

昨日はNonちゃんと夕食を共にしました。本当に楽しく色々話すことができました。元気で好きな仕事に取り組んでいる娘の姿を見ているだけで、私は満足です。それ以上望んだら、罰が当たります。

私の名字は、少なくとも静岡では珍しいので、Nonちゃんの名前を見ると、仕事の関係もあって父親との関係を真っ先に尋ねられるようです。致し方ないですね。あとはさっさと名字を替えるしか無いですね。

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■さて今日も一日仕事ですので空いた時間に書き残しの年賀状を完成しなければなりません。落ち着く暇がありません。

もうそろそろ今年の総括をしなければいけません。仕事を終えて明日にでも始めるつもりです。今年は、このホームページも以前の、「aiai.net 」から、「 aiaiganka.com 」に引っ越しました。ドメインを管理していたアメリカの会社の対応が、不誠実だったからです。サービスを勝手に、いくつも上乗せしていました。しかも問合わせはメールでなく電話でなければ駄目、というので、私の英語力では取り付く島がありません。

管理会社を替えるというのは、本当に大変です。何しろこれまでの10年以上の資料を、間違いなく引っ越さなければならないからです。これは思っているより大変です。もちろんきちんとバックアップをしておいたかどうかが基本ですが。ただ私は二度目の引っ越しですので、要領は承知しています。ホームページ全体の容量がかなりあるので、バックアップするにも時間がかかる上に、上手く行かないこともあります。

現在のホームページは、ワードプレスのディレクトリーに全てを保存していますが、情報を保存してもらっている、いわゆるプロバイダーである「さくらインターネット」の設定では、最初にページに最初から飛ぶ設定ができません。以前サポートに連絡して尋ねたのですが、それはワードプレスの問題であって、当社では保証対象外です、とのつれない返事。それだけの知識を持ったサポートがいない、ということです。保存サーバーの設定の問題なので、それほど難しいこともないし、ワードプレスの問題だ、というのは的外れだと私は思うのですが。

と言っても、自分自身でやってみた限りでは、設定を変更するとサーバー自体にアクセスできなくなりますので、致し方ありません。

■年賀状も昼休みに書き上げ郵便局に出かけて投函しました。今年からは郵便番号別に分ける必要がなくなりました。いつもいつもギリギリになってしまうのは、本当に悪い性格です。

12月に開催された沼津西ロータリークラブの友人同伴例会に出席してくれた三人の皆さんにも、会員増強委員長として今年は年賀状を出しました。入会につながってくれると良いのですが。

■18時42分、 一日の仕事がようやく終わり、こたつに入ってほっとしています。 こんな気持ちになれるのは一年の仕事が無事に終わった今日だけです。

 明日は自分の当番である 大掃除が待っています。 お風呂、お手洗い、そして窓拭きです。これが終わると本当に一年が終わるのだという実感が湧きます。

 

三時間走

20171228(木曜日:晴れ)

サホロスキー場でレッスンを受けるオーストラリアの子どもたち。

■昨夜は22時半に床についてから今朝まで、一度も目が覚めませんでした。疲れていたのでしょう。三日連続して朝走りました。今朝は思い切って休んで、木曜日ですので診療が終わってから、LSD (Long Slow Distance ) を挙行して、何とか20キロを走り目標の 100km に近づかないといけません。

本来なら今日が仕事納めなのですが、来年の年始にAyaのところへ行く予定があり、仕事始めが遅くなることを考えて、明日まで仕事としました。本当にいよいよ年が改まるまでになりました。

Takuも昨日引っ越しが無事に済んだようです。新居です。本当に来年からは新しい生活が始まります。そして新しい人生の開始です。

■今日までのランニング・ウォッチの記録を見直すと、今月走った9回のうち、最も早いペースで走ったのが、なんと12月3日のお伊勢マラソンの 21.2km だと記録されているのです。キロ6分06秒です。本当に不思議です。あれだけ苦しみながら走ったにも関わらず、結果としては最も早いペースで走り終えていたのです。

自分にそれだけの力がある、ということですが、大会だということ、周囲の応援もある、ということなど、普段一人で黙々と走っている状況とは違う力が働いたお陰でしょう。もう少しでハーフ2時間の壁を超えられそうなのですが、その壁が高いのです。来年の課題です。

■さて今日はシネマトグラフの日だそうです。フランスのリュミエール兄弟が1895年に発明した世界初の撮影映写機の名前です。その後、映画そのものをシネマというようになりました。兄弟が監督した世界初の商業映画は、「工場の出口」。NHK映像の世紀で一部が放映されていました。いまから見ると、なんとも散文的で肩透かしのようなのです。日常を描いているのですが、当時はそれが大衆の興味を引いたに違いありません。

■今日は午前中で診療も終わり。いつもでしたらロータリークラブの例会があるのですが、今日は年末ですので休会です。ということで、午後から思い切ってLSD、しかも調子を見ながら初めての挑戦である3時間走に挑戦しました。高野コーチが繰り返し言うのは、ゆっくりで良いから長い時間、2時間、できたら3時間走を繰り返すと、体や脳もその時間走ることに慣れるので、実際にフルマラソンを走っても苦しいだけではなくなる、とのこと。

確かに、そうなのだろうな、とは思いながらも、2時間走までが今までの限界で、それ以上は試したことがありませんでした。昨夜は眠剤を飲んで早めに休み、今朝は走らずに午後からの挑戦に備えました。天候は絶好でした。昨日までのひどい風も止み、暖かな日差しが降り注ぐ穏やかな天候です。

仕事が終わって干し柿とチョコレートをひとかけら食べました。12時40分から走り始め終わったのが16時7分でした。3時間20秒のLSDです。最後の一時間は右膝の痛みが出現して、どうなることかと思いましたが、走り方を工夫して右脚を少し前に放り出すようなイメージで走ったところ違和感が和らぎました。しかし最後は、前に進むのがやっとでした。それが今の実力です。24.467km を積み重ね今月の総計が、101.34km と辛くも目標を達成です。

何回も挑戦しないと駄目なのです。その積み重ねが力になるのです。今年最後に、また一つ壁を乗り越えました。

相撲とナショナリズム

20171227(水曜日:晴れ、強風)

サホロスキー場の様子です。遥か下に見えるのがクラブメッドのホテルです。

■今朝も走りました。とにかく月間100キロ走の目標達成しか、いまは頭にありません。仕事をしながらですから無茶苦茶はできません。ケガも怖いです。今朝は4時半頃に一旦目が覚めましたので、もう一眠りと思ったのですが、ここで寝てしまうと今度は起きることができ無さそうで、そのまま起き出しました。

 それで正解でした。結局 7.55km を走り総計 76.87km を積み上げました。下手をすると目標達成は大晦日にずれ込むかもしれません。昨年も、そうだったかもしれません。進歩していないということでしょうか。

■今朝の東京新聞の論壇・時評には、とても興味深い記事が掲載されています。中島武志氏(東京工業大学教授)が「相撲とナショナリズム」と題して寄稿しています。副題は「国威発揚への利用に懸念」です。これを読み終わった後では、私がこれまで貴乃花親方に対して抱いていた漠然とした印象が、木っ端微塵になりました。この指摘するところが本当だとすると、彼は単なる偏狭な国粋主義者に過ぎない、ということになります。私が一番嫌う人々なのです。内容は、とても重要だと思いますので、以下に引用いたします。

 

能町みね子は「日本国体を担う相撲道の精神」(『週刊文春』12月14日号)の中で、貴乃花親方の民族主義が、弟子に与える影響を懸念している。

弟子の一部は 、Twitterで旭日旗を掲げ、右傾化した言葉を繰り返し発している。背景には特定の新興宗教団体の影響があり、それはしこ名にも表れている。そのような貴乃花親方を「固陋な相撲協会に立ち向かう若き正義のヒーロー」と見なすことはできないとし、「どうか有望な弟子を変な方向へ導かないでほしい」と述べている。

能町が指摘する宗教団体の代表者の書籍をひもとくと、日本を「神国」とみなし、その宗教的優位性を説く文章に出合う。南京虐殺の存在を否定的に扱い、教育勅語を礼賛している。推薦文を書いているのは貴乃花親方。「この本を読んで、わが国の素晴らしさを改めて理解した。ーー先生のお考えの深さには、脱帽です」という言葉を寄せている。

戦前期の相撲は、戦時体制に向かう中、国威発揚に利用された。そのような道を、繰り返してはならない。相撲をめぐるナショナリズムの発露に、注意深くならなければならない。

 

  たぶん平成天皇が最も嫌われるタイプの民族主義者に違いありません。

見える化

20171226(火曜日:晴れ)

新得駅に停車する各駅停車です。JR北海道は大変です。厳しい気候のもと、線路の保守・管理に膨大な人手が必要だからです。

■今朝もドジをしました。ここ一週間ほどは、ファーウェイ製P10 light のスマホで目覚ましを掛けています。振動とメロディーとで、確実に起きることができるからです。仕事の開始時刻のお知らせもスマホでしています。曜日を簡単に指定して設定ができるからです。ところが朝走るかどうかは、その前の日にならないと決まらない事がほとんどです。

 つまりは翌朝の天候、その日の疲労の蓄積具合、目標達成度などなどが決定要因です。毎日決まって走っているわけではなく、前夜にならないと決まりません。となると、朝何時に目覚ましを鳴らすべきかは、判で押したようにできない、ということです。毎晩セットする必要があるのです。ついついセットするのを忘れます。昨夜も忘れていました。

 今朝は6時前に気づきました。どうしようか迷ったのですが、ここで走らないと目標達成が、かなり遠ざかります。ということで、一時間遅い起床でしたが生ゴミを所定の位置に運んでから、準備体操をして走り始めました。今朝は何とか無事に 6.13km をクラウド上に記録することができ、総計 69.31km を積み重ねましたが、目標ラインからは程遠い状態です。こうなると昨日の一回分の記録の消失が痛いのです。

 しかし文句をいつまで言っていても仕方ありません。とにかく時間がありチャンスがある限りは達成できる可能性は残されているのですから。こうなったら木曜日に仕事が終わってから、LSDで一気に記録を積み重ねるしか無いようです。

■さて今朝の東京新聞20面の健康欄には、

新年、日記付け健康生活

 と題して健康寿命を少しでも伸ばす方法を語っています。要点は、

体重、腹囲、歩数、血圧ーー毎日測り「見える化」

 だ、というのです。健康寿命と平均寿命の差は、男性で9年、女性で12年だそうです。健康寿命を少しでも伸ばすには、食事と運動の生活習慣を改善するしか無い、とのこと。その通りです。ところが、これが一番難しい。薬を飲んでしまう方が、ずっと楽だからです。いわゆるメタボリックシンドロームからの離脱です。これは難行苦行です。

 現代の便利な車社会に慣れてしまうと、歩いて五分の場所にも車で行きますし、階段を登ることは稀です。しかし食生活は若い時のままです。確かに活力のある人は、よく食べます。しかし、しっかりと食べる事と必要以上に沢山食べることの違いを多くの人が誤解しています。むしろ、たくさん食べることに対しての自分自身への言い訳にしている、とさえ私には思えます。

 たくさん食べているのは自分に社会人としての活力があるからだ、と。人間心理とは面白いものです。某国の独裁者のようにでっぷりとしていないと威厳がないと判断されるがために、痛風に苦しみながら、国民は飢えているのに無理矢理にでも多量のカロリーを取り続けている、といういささか滑稽にすら見えるケースもあります。

 

春に向かって

20171225(月曜日:雨のち晴れ)

サホロスキー場の様子です。今日は大雪に違いありません。

■今朝は久しぶりに走りました。先週の水曜日以来です。木曜日から北海道へスキーに出掛けましたので、六日ぶりということになります。ところがエプソンのランニング・ウォッチにトラブルです。きちんと記録し終えたのですが、いま記録をクラウド上にアップしようとすると、何と何とデーターが無くなっているのです。記録すべきデーターはありませんと、にべもありません。これまでも何度かそうしたことがあったのですが、本当に腹が立ちます。今日の6キロを加えて、残りは30キロになったはずなのですが、未だに記録では残りが 36.81km のままなのです。致し方ありません。

 

ということでバックアップのためにランタスティックというアプリを 新たに導入しました。 キロごとのラップを音声で知らせてくれますし有料会員でなくても 記録が蓄積できるようです。 とりあえず明日から使って様子をみましょう。

 

これまでの記録は表計算にして Google ドライブに全て保存してあります。その記録だけは ランニングウォッチだろうがアプリだろうが最終的にはきちんとした記録となります。

 

■冬至から三日が経ちました。調べてみると平均一日あたり 1.6 分ずつ日が伸びているようです。と言っても冬至や夏至の頃は、殆ど変化が無いようで、季節でずいぶん違いあるとのこと。しかし冬至が過ぎたのですから、これからは日が伸びることは確かですので、春遠からじ、というところでしょうか。

 

■昼休みにはアテロームを手術してもらった萩野先生に傷を診てもらうために受診しました。ほとんど完治の状態だが念のために来年超音波で調べてみましょう、とのこと。ホッとしました。思い切って手術してもらって正解でした。

 

先生はとても丁寧で慎重なメスさばきで、術中も痛みはありませんでした。あのまま放っておけば前回のように破裂した上、周囲に飛散して大変な手術になるところでした。感謝、感謝です。

 

夜は年賀状の作成です。毎年いつもギリギリです。今年の写真は、夏に出かけた北海道積丹半島でのSunと二人で撮ったツーショットです。一日だけ青空に恵まれました。お天気の神様に感謝、感謝です。

 

 

 

 

 

 

旅の終わり

20171224(日曜日 曇り)

帰りの機内から見た富士山です。

■今日で楽しかった北海道スキーの旅も終わりです。昨夜はホテルにある居酒屋さんで楽しい夕食でした。カウンター席が僅かに空いているだけの状態で、辛くも滑り込むことが出来ました。海外からの観光客で一杯なのです。十時には眠りにつき、目覚ましの鳴る7時半まで、のんびり寝ました。さっそく朝風呂に向かいました。小じんまりしたお風呂でしたが、十分温まりました。

 

そのまま昨日夕食を取った居酒屋で、今度は朝食です。やはりほぼ満員の状態で、店員さんが申し訳なさそうに、中国の方と同席でも良いですか、と尋ねてくれました。結構ですと、もちろん答えて同席しました。残念ながら中国語はさっぱり駄目ですので会話は出来ませんでした。一見新婚旅行のカップルのようにも見えました。和食を頼みましたが美味しかったです。ご飯と味噌汁をお代りしてしまいました。朝食も終わり、9時15分ホテル発の送迎バスで新千歳空港へ向かいます。8時40分現在、最後の後片付けをしています。

 

新千歳空港を飛び立って、すぐに見えたゴルフ場です。北海道のゴルフ場は、いま冬休みです。

長野県の上空のようです。画面上が日本海です。

駿河湾に出て旋回し、右手に富士山を見ながら空港を目指しています。船が一艘見えています。

 

■10時35分新千歳空港発のANA便で戻りました。ボーイング733でしたが、ぱっと見たところ3割程度しか乗客がいませんでした。これで採算が取れるのか心配になりました。便が廃止されるのが一番困るからです。富士山静岡空港からは北海道へ、新千歳空港と丘珠空港へ飛んでいます。今年は、そのどちらも利用しました。

 

地方空港は便利です。乗り降りにも時間がかかりませんし、駐車場はたいてい無料です。利用しない手はないのですが、便が少ないのです。富士山静岡空港からは北海道以外には、福岡、鹿児島、そして沖縄に飛んでいるだけです。便数も少ないので旅の日程が限られます。そのあたりが辛いところです。

 

2時間強で到着。空港を出たのが13時頃でした。東名高速道路を飛ばして家に着いたのが、15時前でした。北海道では冬至のためもあったのでしょうが、15時頃には暗くなってしまうのに驚きました。天気予報では今週は北海道は低気圧の発達で大荒れになるとのこと。

 

兎にも角にも楽しい旅でした。ケガもなく無事に家にかえることができたのが一番です。富士山静岡空港について驚いたのは、その暖かさでした。日本は広いのです。満足、満足でした。

 

天皇誕生日

20171223(土曜日:晴れ)

今日のゲレンデは気温のためか重かったのです。

 

今日は天皇陛下の84回目の誕生日。お元気そうです何よりです。長い長い皇室の歴史の中で平成天皇は、新しい天皇像を確立したという意味で、いわゆる中興の祖的な存在になられるに違いありません。新しい憲法のもと、新しい天皇像はどうあるべきか、という点に一生を捧げられたように思えます。平成天皇の姿勢を一言で集約すれば、国民ファースト、と言えます。国民の安寧を何よりも望まれ、全身全霊を持って、その実現のために毎日を送られた、と私には思えます。

 

一部の政治家が唱えるファーストは、結局のところ、自分ファーストに堕してしまった事を思うと、平成天皇の素晴らしさが、改めて実感できます。こうした人間天皇を持つことのできた私たちは本当に幸せです。強くそう感じます。

 

■昨日は一年ぶりのスキーでした。普段のランニングで鍛えていたおかげか、思ったよりは落ちついて滑ることができました。冬休み前の金曜日ということもあったのでしょうか、ゲレンデは閑散。おかげでゆったりと滑ることが出来ました。

 

今回もサホロリゾートを利用していますが、電車に乗ってこちらに来る時に驚きました。サホロリゾートに行くには新得駅で降りてバスに乗ります。JR線では一つ手前の駅がトマムです。そのトマム駅の駅前には、あの有名な星野リゾートやクラブメッドの送迎バスが待ち構えていました。クラブメッドは新たに施設を買収したようです。サホロとトマムの二本立てです。トマムは海外特にオーストラリアからの観光客がとても多いのです。

 

クラブメッドでは子ども達が列を成してスキーのレッスンを受けています。今年の夏はニセコにも行きましたが、あまりの賑わいと多くの建設中の瀟洒な建物に驚きました。海外の方が来日してくれるのは本当に素晴らしいことです。民間レベルでの交流が深まるほど安全保障の面からもプラスです。安全保障というと軍隊や兵器が議論されますが、人の交流こそが最強の安全保障なのです。

 

■今日は10時にゲレンデに行きました。ホテルから送迎バスでゴンドラステーションに到着。第六リフトからスタートです。今日は何としてもゴンドラに乗ってサホロ岳の頂上、海抜千メートルに行くつもりでした。午前中は曇り空で、これでは頂上に行っても綺麗な写真は撮れそうにありませんでしたので、準備運動代わりの滑走に努めました。

小雪がちらつく天候でした。

 

11時半からゴンドラステーションで休憩し筋肉の疲労回復に努めました。小一時間休んでから、いよいよ最後の滑走です。私はゴンドラに乗って頂上に行きました。同席したのは帯広の方でした。車でスキー場まで来るとのこと。十一月にはタイヤをスタッドレスに交換したようです。冬の運転は怖いと、しきりに話されていました。

 

頂上は残念ながら霧に包まれ、滑り始めた時には、数メートル先が見えない状態でした。その為もあって急斜面で転んでしまい、さらには道を間違えるところでした。何とか急斜面を戻って、緩やかなコースを進むことが出来ました。長いコースを最後まで滑走して疲れました。頂上コースは一度で止めました。

サホロ岳1,000メートルから滑走しましたが、気温が上がり雪が重くなり、霧も重なり往生しました。

 

午後一時半にはゲレンデから引き上げスキー用具を返却しました。そして温泉にゆっくり浸かって、四回も温冷水浴を繰り返しました。15時15分の送迎バスでホテルを出発。新得駅には15分で到着。列車を待ちました。スーパー十勝に乗って新得駅から南千歳駅までは、一時間半ほど。私はスマホに録画してあるNHKハングル講座を復習しました。南千歳駅で乗り換え千歳駅に到着。ホテルに入ったのが18時過ぎでした。夕食はホテルの一回にある居酒屋に決めていました。ネットの書き込みもまずまずの店です。

 

北海道の新鮮な食材を満喫しました。北海道の地酒も堪能しました。お刺身の盛り合わせの美味しかったこと。来年の千歳マラソンに参加できるかどうか、Takuの連れ合い次第でしょうか。

 

千歳駅近くのホテル内の居酒屋にて。十分美味しい食材をいただきました。

やはり北海道の食材は格別です。何度来ても、そう思います。

 

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